自分を変える可能性に心を開いておく

朝のバスは、博多駅の前を通過する。

 

博多駅前広場に、博多祇園山笠の飾り山の神輿が見えた。

あさって早朝4:59に祭りのクライマックス「追い山笠」を控えている。

これまで地元の祭りも、県外の祭りも、祭りそのものにあまり関心がなかった。

 

祭りに血が沸きたぎるタイプでもないしなぁ。

 

派手な打ち上げ花火より、素朴な線香花火。

祭りにワッショイ参加より、コンビニアイスの帰り道。

 

どこか無意識に自分をそんなふうにタイプ分けして、祭りに参加する人たちをどこか引いた目で見ていた。

 

山笠に関わっているひとと最近知り合った。

 

山笠祭りの期間は7月1日から15日の2週間だけれど、それは祭りを楽しむ側の表向きの期間で、そのひとは一年のうちほぼ365日、山笠に関わっているそうだ。

 

春から祭りの準備はさらに佳境にはいり、この1ヶ月は家でほぼ帰っていない。

どころか、布団で仮眠すら取っていないらしい。ソファで仮眠。

仕事の有休がはやばやとなくなるほど、やることが多くあるらしい。

 

いろんな人たちと関わることは、自分の関心の外にある世界の熱量を知る機会になる。

 

「自分には関係ない」

「とくに関心ないから」

 

閉じた領域にいつづければ心は波立ちにくいけれど、関心の外にある世界の熱で自分の形が変わる瞬間に立ち合う瞬間を逃しているかもしれない。

 

「自分はこういうタイプなんで」

鉄みたいにガンコな硬さも、高い熱でその形を変えうる。

 

誰かと出会うことで、相手の関心の熱にふと触れられる。

 

他人ごとが自分ごとになっていく瞬間に、心を開いていたい。

自分のかたちを変える可能性に、心を開いていたい。