• こころが太っ腹さん

    「しんがきさんもだったんですねぇ」

    前から、素敵だなぁと思っていたひとから声をかけられた。

    以前からそのひとのことを素敵だなぁと思っていた理由のひとつに、

    「気前の良さ」があった。

    といっても、周囲におごるとか、プレゼントするといった、物質的なことだけじゃない。

    心がふとっぱら。

    おおらか。

    気前がいいのだ。

    タイパ・コスパできりきり舞いしていない。

    その人の経済状況や生活環境は知らない。

    けれど、楽しそうに生きている。

    知らないひとに順番を譲ったり、ゆったりしている。

    エレベーターの扉を開けて待っていてあげたり、道端のゴミをちょいと拾ったり。

    なんというか、余裕があるのだ。

    心の余裕。

    いやなことや苦しいことと無縁ではないだろう。

    だけど、いつもにこにこしている。

    そのひとがかつて、絶望の淵に立っていたことを知っている。

    そのひとも帝王学を学んでいると知って、驚いた。

    驚いたあとで妙に納得した。

    帝王学の教えのひとつに「自利利他」がある。

    「利他」とは、他者にやさしくする行為行動のことだ。

    一見自分とは縁のなさそうな遠い人、名前も知らない人にも親切にする。

    自分さえ良ければいい、あるいは、自分の家族やパートナーが幸せならいい、といった限定的な優しさではなく、「袖振り合うも多生の縁」とばかりに、ささやかな縁でしばし、空間をともにする他者に親切なふるまいをする。

    「帝王学いつから学ばれてるんですか?」

    「数年前からです」

    「知らなかったです」

    こういうことは、実はたまにある。

    素敵だなと感じる人が帝王学を学んでいたパターン。

    意外とみんな、なにに関心があるかわからないものだ。

    「帝王学って名前が、誤解をあたえそうな一面もありますよね」

    「帝王=特別な人が受けるもの、みたいな」

    「そうそう」

    「人に優しくしたい人や、人から優しくされたい人はみな受けたらいいのにね」

    「そうですね」

    利他心で世界を生きると、めぐりめぐって自分も利他を受ける。

    とくに難しいことではない。

    与えたものを受け取る、シンプルな構造だ。

    自分さえ良ければいいと「利己」を放てば、同じ利己が巡ってくる。

    誰かの力になろうと動けば、同じように誰かに助けられる。

    目先の損得勘定よりはるかに豊かな生き方。

    だからそういう人は、心にも余裕があるのだろう。

    余裕がある人の余白部分に、豊かなご縁がめぐってくる。

    そんなひとになるための実践的な学びが、帝王学らしい。

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    大切なことに繰り返し気づきたい。

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