やきもきするのは私のエゴだ。

ささやかなこと。

子どもが一人でお使いに行ったこと。

 

十代になっても一人で買い物に行くことを嫌がっていた。

私の知らない子どもなりの理由で、外の世界へつながるのに抵抗していた。

そんな彼が、仕事に追われる私の代わりにカレールーを買いに行ってほしいと試しにお願いすると、いいよと二つ返事が返ってきた。

千円を渡して、余ったお金で好きなものを買っていいよと言うと「いいの?」と言う。

いいよ。もちろんだよ。

 

私は、家族や近しい人の細やかな変化を見逃すところがある。

だけど彼の二つ返事の行動が、私に気づかせてくれた。

今日、彼の世界がすこし広がった。

 

「すこし」は「たくさん」に劣りはしない。

その人に必要なタイミングで変わる、それだけのこと。

やきもきするのは親のエゴだ。

 

もとい、「すこし広がった」と評するのすらズレている。

私にとってのすこしは、彼にとってすこしとは限らない。

 

社会通念の物差しをあてて、すこしとかたくさんとか変化の大きさを測るのも親の、いや私個人のエゴだ。

 

気づかせてくれてありがとう。

 

今夜はカレーだよ