役に立っても立たなくてもいい。

ある方とセッションをしていて、その人がまとう雰囲気がとても柔らかかった。

 

聞くとその日ちょうど実家に帰りついて「ゆるっとしている」のだそうだ。

 

オンライン画面の背景も、その方のご実家の周辺によく似た深い緑の木々の画像だという

 

仕事をばりばりこなし質問に丁々発止で答える普段のモードとは違って、森林の空気と田舎の時間を呼吸した、生まれたてのような表情をしていた。

 

セッション前の準備もあえてせず「ノーガードです」と笑う姿に、その人の本質が見えたような気がした。

 

高い論理性思考と華やかな仕事のキャリアをお持ちのその方の、じつは本来の姿は、緑や草木みたいに「ただ在る」だけでじゅうぶんだと。

それが言葉もなく伝わってきた。

 

スキルを取ってつけたり、鎧をまとって防御したりして必死に生きてきた蓄積の果てに、ぐるっと一周まわって、スキルも鎧もなくただそのままでいいのだと腑に落ちた感じだろうか。

 

たおやかな表情のその方が、微笑んで言った。

 

「今日のさよさん、なんだかゆるっとしていていい感じですね」

 

そうなんですね。

私もあなたに同じことを感じていました。

 

お相手に、今の私が映る。

私に、今のお相手が映る。

 

自分が源で生きるなら、今「ただ在るだけでいい」を自分から始めよう。

 

役に立たないと、とか、納得してもらわないと、とか、恐れや不安から外側にいろいろくっつけようとする私たちが、立ち戻るのは「ただ在る」ことだ。

 

学べば学ぶほど、スキルを身につけるほど、本質はそこじゃないよと自然が教えてくれている気がする。

 

役に立っても立たなくてもいい。

納得してもしなくてもいい。

 

ただ在ろう。