怖いはススメ、選択肢の外で待ってる選択肢

今年に入って
新しい取り組みを前に
足踏みしていたことがありました。

経営者仲間に
「怖いよー」
とメッセージしたら

「おー、怖いは進め!
いいことだ」

サクッと返されて笑えました。
それがここ最近の話。


何が怖いかって、
今年の春から約4ヶ月間、
地球一周の船旅の
二周目に行ってきます。


5年ほど前から
地球二周目について
思いをぼんやり馳せていて、

3年前には申込みと入金を
とうに済ませていたにもかかわらず
いざ出航日まで2ヶ月を切ると
ビビるビビる。
キャンセル可能期限を調べちゃったり
必要書類の提出を先延ばししたり。

「誰かに言ったら現実になるやん」

と、誰にも言わず一人で
もそもそしてました。


他者に笑ってもらえたおかげで
「だよな」と我に返り
出航準備を進めています。


もし
怖いコワイと一緒に怖がっていたら
恐怖心は共振し、増幅して
実体よりふくらむけど

他者に話すなど
客観視するスペースをもうけると
「怖がる自分」
を冷静に眺める余地が生まれます。

自分の中の演者と
自分の中の脚本家、
ふたつの視点で立体的に観測できます。

(あ、これくらいのサイズ)


ビビっている自分を
別角度から捉え直せるし
仮にへっぴり腰のままでも
顔は前を向き直せます。


「チェンソーマン」も
悪魔に凶悪な力を与えていたのは
人間の恐怖心だったな・・・



……………………………

” 幽霊の正体みたり枯れ尾花 ”
……………………………


私たちは
知らないもの(未知)に対して
恐怖を感じやすいです。


未知を「知らないまま」に
しておくと
さらに恐怖は増します。

無関心を装っていても
苦手意識や恐怖心はしれっと育ちます。

未知に背を向けている間に
マシマシになった恐怖が
行動に制約をかけて
不自由さを感じるくらいなら、

思いきって「えいや」と
顔を向ければ
恐怖をもたらすもののサイズを
測ることができます。

(あ、これくらいのサイズ)

まあ怖いけど、でも、うん、
やってみるか。

幽霊のように実体がなく
「どうしようもないモノ」
に感じていたものが

本当にどうしようもないのか、
それとも
手を打ちようがあるのか、といった
「課題」に
切り替わるのです。


「なんだ・・・
もっと早く
やれば(やめれば)よかった」

そう思ったことありませんか。
私はあります。


つかみどころがないものが
「課題」として捉え直しすると
それはそれで
痛みを伴うかもしれませんが、
背を向けた時間のぶんだけ
ふくらんだ恐怖に比べれば
どうにかしやすい痛みです。


あなたの「怖い」はなんでしょうか。


「自分には■■しかない」
(だって〇〇だから)
(だって〇〇じゃないから)

それを手に入れたら
どうなりそうで怖い?

それを手放したら
どうなりそうで怖い?


もし
選択肢がないと思っていた
枠の外に
「あなたが得たいもの」が
並んでいるなら、想像してみる。

選択肢の外を
ぐるり見回してみると
選べなかった選択肢がある。

選べないのも当然です、
それまで見えてなかったのだから。

 

行ったことない道に入ってみる
入ったことない本屋の
棚に足を向けてみる。
スルーしていた人に声をかけてみる。


行ったことない場所へ
やったことないパターンを。


動かない/動けない理由が
あえての戦略的な先送りや
戦略的保留でないとしたら、

一歩も進んでいないにもかかわらず
進む以上に心が削られてしまいます。
じっとしてても心臓は打ち続けるのよ。


「怖いはススメ」の怖さには
2種類あります。

・無策無謀無茶からの怖さ
・ぐるぐる思考からの怖さ

もし今
あなたが感じる「怖さ」のモトが
「向こうみず短絡的な無謀さ」
ではなく
「ぐるぐる思考がとぐろを巻いて」
こしらえたものならいっそ
一歩進んでみたら
いいかもしれません。

それだけ長い間
頭を離れないということは
恐怖の先に何かの布石が
待っている可能性が高いからです。


怖いほうの道を選んだ先、
曲がり角を折れたあたりで

「お、やっと来た」

と、嬉しそうな
もう一人の自分が待っていたら?


怖いはススメ。

 

P.S.

一周目は無職で乗船したけど
二周目は「海の上で仕事する」が
新しい取り組みです。

ちなみに2023年現在、
海上の通信環境は弱いらしいので、
オンラインセッションは厳しそう。

寄港地(陸地)でWi-Fi繋げばできるけど
旅先の限られた時間で
パソコンとにらめっこするのは
本末転倒なので
控えるつもりです。

陸地と陸地のあいだで仕事。

5年前から描いていたものが
現実になろうとしています。