Day5 サンディさんと引越。ヤモリは家賃を払わない

 

机のない部屋で仕事していると、太陽が天頂にかかる頃にシャッシャッとリズミカルな音が聞こえてきた。
掃き掃除の音だ。

 

テラスや石の階段の上に落ちた葉っぱを掃き集める心地よい音が、次第に近づいてきた。

「Hello,Sayo」と声がかかる。

パソコンから顔を上げると、ほうきを手にしたサンディさんがガラス越しに会釈した。
わたしはベッドに座ったままパソコン越しに会釈を返した。

 

他者からの視線を避ける日本の密閉タイプの家のつくりと違い、この部屋の出入り口は、窓ガラスだ。
部屋の一面が、ドアと窓を兼ねている。

 

部屋を案内されたとき(部屋が丸見えじゃあないか)と内心ざわついたが、すぐに慣れた。


ガラス窓兼ドアに大きなカーテンがかかっており、カーテンを引けば部屋の様子は見えなくなる。
眠る時はカーテンを引く。


別室にあるバスルームにも、ガラス戸とカーテンがあるので視界は遮られる。
ホテルの部屋は奥まった場所に位置してその先には何もない。
テラスを横切る人はめったにいない。
 

 

バリの部屋のつくりに、治安のよさを感じた。

 

メキシコやコロンビアに行った時に見た家やアパートも、南国らしい開放感ある造りだったが、家の窓には侵入防止の太い鉄柵が刺さっていた。
強盗や殺人など事件の物騒度合いが高い国は、家の自衛態勢にうかがえる。

 

バリにはそれがない。
関係者以外立ち入り禁止の寺院の門などを除き、鉄格子も鉄柵も、家には見当たらない。
家のあちこちが開放的だ。
ホテルの鍵も簡素だ。


クローゼットにセキュリティーボックスはあるが、なんというか、部屋ぜんたいが警戒していない。
ドアの隙間も、びみょーに空いている。
なのでいつのまにヤモリが部屋の隅にいて、気づけばいなくなる。
気にせず生活する。

 

ヤモリも人間も地球が宿ですしね、な感じになる。

 

外国のホテルの照明は間接照明であまり明るくないので、自然光を使う。
日中はカーテンを開けて明かりを外から取る。
大きなガラスいっぱいに外がよく見えるが、それは外からも部屋がよく見えるということだ。

 

このガラスの一面が、窓で、ドアだ。

 

 

ベッドに座り、足の上に載せたクッション机でパソコン作業をしていると、ホテルオーナーのサンディさんがガラス窓兼ドアをノックした。
テラスに出て、サンディさんと挨拶をする。

「部屋はどう?」

滞在3日目、様子を伺ってくれたらしい。

「快適ですよ。ありがとう」と返すと、サンディさんは「よかった」と頷く。

 「テラスの掃き掃除、ありがとうございます」とお礼を言うと、微笑んだ。

 

サンディさんは掃き掃除に戻り、わたしはベッドの上に座って仕事の続きに戻る。
あ、と思い立ち、ドアを開けてサンディさんに声をかけた。

 

「思い出した。
 机ありの部屋を予約していたはずなんですが、机がないです」

 

サンディさんはわたしの部屋をガラス越しに見た。
机ないよね。

 

「25日に机付きの部屋を出るお客さんがいるので、延泊なければそこに移動しましょう」

「ありがとう。そうしてください」

「なにかあればまた言ってください」

 
サンディさんが微笑んだ。
郷にいれば郷に従え。
予定どおりじゃなくても、特に気にならない。

 


再びベッドに戻り、あぐらをかいてパソコン作業を開始。
30分後、サンディさんが再びガラス戸をノックした。

 

「隣の部屋に机があるので、そちらに移動していいですよ」

「いいんですか?」

「いいですよ。もうすこしで清掃が終わるので、すぐにでも移れます」

 

隣の部屋に案内したサンディさんが、床のタイルを拭いてくれた。
部屋の作りはほぼ同じで、机があった。

 

 

「もし25日に退去するお客さんの部屋が空いたら、再度、そちらに移動してもOKです」

サンディさんの機転に感謝を伝えて、204の部屋の荷物をまとめた。
スーツケースからほとんど出していなかったので、荷造りも早い。
引越し先は205、お隣だ。

 

サンディさんの親切な対応にお礼をしたくなり、ChatGPTにチップの相場を相談した。
チップの価格の相場がそもそもわからないし、親切なはからいやサービスを受けた程度でチップの額も異なる。


前にフィリピンでトゥクトゥクの運転手にチップの額を間違えて、後悔した経験がある。
チップ文化の相場がわからず、テンパりながらわたしが差し出したチップの額に、悲しい表情をした運転手さんが忘れられない。
彼はわたしの手のひらを見て「なら、いらないよ」と首を振って、トゥクトゥクを駆って走り去った。


もともと机付きの部屋を予約していたのだから当然の対応で、チップは不要だ、という考えもあるかもしれない。

 

けれど、なんとなく、そういうことじゃないなぁ、と思った。
そうしたいのだから、そうする。

 

郷にいれば郷に従え。

 

どうしても譲れないことはある。
けれど、「人生で譲れないこと」それ自体は、けっこう少ない。
予定や約束にこだわり権利を強く主張するほど、たぶん世界をきゅうくつにしてしまう。
ヤモリは家賃を払わない。

 

GPTさんが提案してくれた5万ルピア(約470円)を、部屋の掃除をしていたサンディさんに渡す。
サンディさんは一瞬驚き、ゆったりした仕草で手を合わせて「ありがとう」と受け取った。
スーツケースを運び入れて引越しを手伝ってくれた。

 

204、超短い間でしたがお世話になりました。
205、こんにちは。机よよろしく!

 

新しい部屋の机で仕事を再開できた。
これで腰が痛くない。


冷蔵庫の隣を散歩していたヤモリはいなくなっていました。

 

 

 

 

 

 

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