夜の自転車

「今日はどこ行く?」

 

夜、親子で散歩サイクリングを始めて3週間が経った。

東西南北、気になる道をあてもなく自転車を走らせる。
信号で停まると風がやみ、汗がどっと吹き出す。

 

北に向かえば海に出て、南に走れば山が近づく。
信号機や車のライトが光る。
水筒の水を代わるがわる飲み、気がすんだら帰宅してシャワーを浴びる。

 

子どもは学校入学時からコロナの行動制限下で非接触が普通、ほとんどの行事を体験しなかった。
コロナの制限が解けても友達の家を行き来する習慣がないまま、「
外で出かけないのが普通」の子どもが少し気になっていた。


とはいえ、親のわたしがそもそも外向的ではない。
社交的でもないし「ママ友」もいない。
河原で
バーベキューに胸おどるタイプでもない。
スポーツもしない。
アウトドア派でもない。

子どものために!と、気が進まないのに出かけるのも不自然だなぁ、と思っていた。

 

が。

夜の空気を一緒に吸いたいな、と軽い気持ちで夜さんぽに誘って以来ほぼ、毎日外に出るようになった。

 

 

わたしは、大学生になるまで夜に出かける経験がなかった。


夜に出かけたいと思わなかったのは、家の周辺になにもなかったからだ。


コンビニも、公園も、映画館もない島の端っこで育った。
スーパーや喫茶店、本屋や図書館は、車で数十分走った場所にあった。
コンクリートで固めた湾の内側、潮の匂いがする細道の街灯の間隔は広く、海も陸もどこも真っ黒だった。
空と月と星だけがうす明るかった。


長い夜、本を読むかチラシの裏に絵を描くか。
ぼーっと想像する時間の多い、退屈な夜が普通だった。
夜のテレビも自由に観れず、お笑い系やバラエティ番組を観ると「馬鹿になる」と言われた。

いろんなことを言われるまま「そういうもの」と疑わずに育った。
家はどこか居心地がよくなかったけれど、「そういうもの」と思っていた。

他の選択肢を知らないおかげで、葛藤はない。
苛立ちもない。

その代わり、どこに居てもくつろげない自分にも気づかなかった。

 

家を出て、一人暮らしを始めると近所にコンビニがあるのに驚いた。

何を買えばいいかわからず、店内をうろつき迷ってアイスを買った。
それから、好きなだけ外にいれる自由に浮かれた。


都会では夜も多くの人が、昼間みたいに堂々と出歩いていて驚いた。

真似して夜に出かけたり、徹夜してみたり、仕事帰りに遠回りして帰ったりした。
近所のローソンでパック寿司を買って帰り一人で食べると、すごく大人になったと思った。

 

出かけても出かけなくてもわたしの自由だとやっとわかると、部屋で過ごす時間に帰ってきた。

 

小学生にとって、夜の外出は特別な時間だろう。

ヘルメットをかぶった子どもが、周りの車や通行者に注意しながら、青い自転車を走らせている。

目的地はないのに、たどり着きそうな目を光らせてペダルを漕いでいる。

 

北、夜の海に話し足りない若者たちや観光客が集まりやすいこと。

南、夜の山は真っ暗で、空のほうが明るいこと。

東、夜の神社はなんだか怖いこと。

西、夜の公園は若い大人がブランコで語らっていること。

 

説明してもわからない、体験しないとわからない夜を一緒に走っている。

 

 

土曜の朝に、子供の観たい映画を観に映画館へ出かけた。

往復一時間、かんかん照りを自転車を走らせて帰宅。
汗だくになって、髪もびっしょりで、まあまあな運動量だよね。

 

「今日は夜さんぽしない?」

「する」


夜は別腹なのね。

 

 

 

 

 

 

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