ラーメン屋にて
遅めの昼ごはんを食べに出かけた。
近所のラーメン屋は午後2時を回っても満席で
店の前の日陰で4、5人ほど
案内されるのを待っている。
待ち人たちは列をつくらず
バラバラに待っている様子が
ほどよく田舎な雰囲気だ。
並ばずとも、互いを知らなくても
次に通されるのが誰かをわきまえている。
10分ほどでカウンター席に通された。
右隣の席ではイヤホンをつけた男性が
スマホから目を離さず
70代くらいの店員の女性に
ラーメンと餃子を注文していた。
家族経営らしい、
推定60代、70代、80代の女性が
広くない厨房内で
きびきび働いている。
ラーメンを注文して厨房を眺めていると
わたしの左隣のカウンター席が空いた。
「お待たせしましたぁどうぞー」
70代の店員さんの声で通されたのは、
小学生の男の子と女の子と父親らしい
3人家族。
店内に漂う
とんこつラーメンの匂いに歓声が上がる。
「わーいい匂いだねー!」と
女の子が小躍りし、
「おいしそうー!」と
男の子はカウンターによじ登る。
父親は二人に挟まれて座り
日に焼けた頭上のメニュー表を見上げる。
「お待たせしましたー」
わたしの隣の男性の前に
湯気の立つラーメンと餃子が置かれた。
イヤホンの彼はスマホから顔を上げず
スマホのカメラで
ラーメンと餃子の写真を何枚も撮り始める。
撮影が終わったかと思うと、今度は
箸も取らず文字を打ち始めた。
ラーメンから湯気が消えていく。
「おばあちゃん、大丈夫かなぁ」
女の子の声に父親が首を傾げる。
女の子の目線はカウンターの向こう、
エプロン姿の女性が
腰をトントン叩く姿が気になるらしい。
推定80代のその人は注文票を確認し、
チャーシューを切り、
追加のネギを冷蔵庫から出して、
途切れない仕事の合間に
曲がった身体をそらして腰を伸ばしていた。
冷蔵庫の扉を閉めた手で
腰をトントン叩いている。
女の子からはさっきの笑顔が引っ込み
心配そうにカウンター内の女性を見ている。
店主らしき、60代女性が
麺を茹でる手を止めず
後ろを振りかぶって、
腰に手を当てている
80代の女性に声をかけた。
「大丈夫? って訊いてるよ」
その声におばあちゃんが振り向く。
女の子と目が合い、笑う。
「ああ、大丈夫じゃないねぇー」
茶目っ気あるおばあちゃんの返事に
父親が笑い、
わたしも笑ってちょっと目が合う。
店主は、麺がおどる鍋のお湯に目を戻し
すばやく麺を湯切りしながら
女の子を見て言う。
「大丈夫じゃないって」
おばあちゃんが、女の子に言う。
「足がね、痛くてねえ」
わたしの隣の女の子は
「うーん」と心配そうな表情。
おばあちゃんが微笑む。
「心配ありがとうねえ」
女の子が戸惑いながらうなずく。
10席ほどの小さな店内に、
小さな彼女の心が満ちていく。
「お待たせしました」
わたしの注文したラーメンが
カウンターに置かれた。
目の前のタッパーから
炒りごまを小さじ2杯すくって入れ
大きな生ニンニク1かけを搾る。
女の子の優しさが漂う店内で
割りばしを割る前から、
手を合わせてごちそうさまでしたと言いたくなる。
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