【スリランカ編 1】後出しジャンケンと損得勘定

朝の7時ごろ、スリランカ最大の街、コロンボの港に着岸。

8時に船内放送で、全員の上陸許可が下りたアナウンスが流れた。

「すごく暑くて虫が多いらしいから、虫除けスプレー要るって」

前日、私が参加しそびれたコロンボ情報説明会に参加した人から、コロンボ情報を聞いた。
横浜を発って約3週間、マニラもバリもシンガポールも気温は30~33℃と暑かった。

リュックには、パソコンとモバイルバッテリーと充電ケーブルと日焼け止め。
そこに虫除けスプレーを追加した。

船が着岸するコロンボ港(Colombo Port UCT Pier)から港の出入り口ゲート(G.O.H Gate)まで遠く、無料シャトルバスが運行するとのこと。

通過はスリランカ・ルピー。1ルピーが約0.41円。
船内で10ドルだけ両替できた。
船を降りるとすぐに設けられた特設両替所で、追加で10ドルをスリランカ・ルピーRsに両替する。
だいたい6240ペソ。

事前に配られたスリランカ寄港地情報を読み返す。
気になったのは、トゥクトゥクに関する情報だった。

マニラの時より、トゥクトゥクについて注意事項が多いのだ。
抜粋するとこんな感じ。

・トゥクトゥクにはドアがないので乗車中は気をつけること
(気をつけます!)

・トゥクトゥクのドライバーに法外な金額を請求されるケースが多発していること
(タクシーの相場は書かれてるけど、トゥクトゥクの記載はない、いくらくらいが相場なのかな)

・一人での利用は控えること
(ううむ。わかるけど、ううむ)

・乗車前に、料金メーターがついていることを確認し、ない場合は利用しないこと
(トゥクトゥクの料金メーターってどんな見た目だろう)

・港ゲート付近のトゥクトゥクは高額な料金を請求する場合があるので、ゲートから離れた場所から流しのトゥクトゥクを利用すること
(流しのトゥクトゥクが流しているところまで、どれくらい歩けばいいだろう)

・乗車中でも危険を感じたり不審な点があったらすぐに利用をやめること
(どうやって利用をやめるか。「ストップ!」と叫びドアなしトゥクトゥクから飛び降りる? ← その行為も危険)

など。

注意事項を読むほどに(これは・・・「乗らない方がいい」とほぼ同義ではないか)と頭をよぎる。

一方で、スリランカに新婚旅行に行った友だちからは「スリランカはのんびりしてて、いいところだった!」とも聞いている。
いいところ=「その国の人がいい」の要素も大きいだろうから、こればかりはやっぱり、人によるのだろう。

とここまで考えて、自力でスリランカ情報を事前に調べなかったのは私だしなー、と思い直す。

まずは無料シャトルバスに乗り込んで、港のゲートへ向かおう。
もうすでに暑い。
朝8時半を過ぎたばかりなのに、立っているだけで汗がふきだす。

バスに乗り込み座席に座ると、後ろから声がした。

「しんがきさん?」

振り返ったら、後ろの座席にウノさんが座っていた。

食事のテーブルで一緒になったのを縁に、船内で会ったときにお話しする顔見知りだった。
神戸港から乗船する前日に75歳の誕生日を迎えた、穏やかな物腰の男性だ。

「一人で観光ですか」
「そう。前の寄港地でツアーに参加したんだけど、つまらなくてね」

ゲートでシャトルバスを下りた乗客は、現在地も把握する前からトゥクトゥクの営業たちに囲まれた。
私とウノさんも声をかけられるが、港ゲート近くのトゥクトゥクは高額請求が多いと事前情報があったので、手を振って断り、振り切るように歩き出す。
ゲートから300m歩くと、ペター地区というコロンボの街の中心地らしい。
まずはそこへ歩いてみるか。
ウノさんと連れ立って、なんとなく一緒に移動する流れになった。

歩いていると、スリランカ人の男性がしきりに話しかけてきた。

「お金はいらない」彼は言う。

私は公式の観光ガイドだ。
不正な要求はしない。
お金はいらない。
ガイド歴40年のベテランだから安心だ、と。

開いた口から前歯が数本ないのが見えた。

私たちが「いいです」と手で制して歩くが、ついてくる。

あちらに寺院がある。
ここは古くからあるシティホールだ、と。
観光ガイドがすでに始まっている。
写真を撮るならこの角度がいい。
私は40年この仕事をしている。
彼はポケットからカード入れを取り出して、開いて私たちに見せた。
IDカードらしい。

くるくると丸い現地の言語と英語で書かれた内容は読めないが、信頼してもらおうと必死なのは伝わる。
でも、お金はいらないと言われてもな。
相手にも生活があるだろう。

私たちが歩く先にぴたりとついてくる彼を、ウノさんと二人で困り顔のまま、なんとなく歩く。

ここはゴールドマーケットだ。
こちらにヒンドゥーの寺院がある。
ほら、こちらです。指で示した方向へ、確かにヒンドゥーの寺院がある。
シンガポールのリトル・インディアでも見た、屋根に神様がぎっしり鎮座する建造物が見えた。

なんだこれ。ヌルッとガイドが始まっている。

私がウノさんを見ると、ウノさんもちょっと困惑しているように見える。

「お金はいらない、って、そんなわけないですよね」
「まあ。だよね」

示した寺院は、道路を渡ってすぐの通りにあった。
距離の近さもあって、「はい、こちらです」なんとなーく案内されていく。

寺院の階段下で、靴を脱ぐように指示される。

寺院は土足禁止だ。
地元の参拝者が、靴を脱いで裸足で階段を上がっている。

うーん、でもな、ガイド頼んでないし・・・
いきなりの展開にためらっている私に
「靴は盗りません。神の前で敬虔な信者はそんなことしません」
とガイドさん。

いや、そうじゃなくて。
土足禁止はそうなんだけど、そうじゃなくて。

ガイドを頼んでいないあなたの行為は、どこまで敬虔な領域で、どこから商売の領域なのか。

「ま、行ってみましょうか」

とウノさんは靴を脱いだ。
肝がすわっている。

私も続いて靴を脱いだ。

寺院のなかは静かで、地元の人が静かに真剣に祈っていた。
若者も、老人もいた。
みな一様に静かで、おごそかな空気がただよっている。

私たちが見よう見まねで参拝していると、僧侶だろうか、寺院のおじいちゃんがやってきた。
彼は、手にした小皿から、白い粉末を指先ですくい、私のおでこの中央にちょん、とのせた。
今度は赤い粉末を指先につけ、私のおでこの白い粉末の上に赤色を重ねる。

それから、私の手のひらに、銀の容器から白くて薄い液体をちょっぴり注いだ。
ジェスチャーで「飲め」と促す。
けげんな顔をしている私に、「ミルクだ」と、僧侶らしき寺院のおじいちゃんが言う。
隣のウノさんの手のひらにも、小さじ1杯ほどの白い液体が同じように注がれている。

「飲めってことね」

ウノさんが言った。

(スリランカでは生水を飲むのは避けよう)

船で借りた『地球の歩き方』に書いてあったような。
水じゃないけど。
あれ、牛は神聖な動物だった気が。
なら牛乳ではなくて、ヤギ?
宗教の知識がなさすぎる。
ネットつながってないし、カンニング(検索)もできません。

そもそも今、何の儀式を受けているのかもわからない。
ガイドさんはにこりとも笑わない。
おじいちゃんの表情も読み取れない。

クエスチョンマークだらけの私たち二人をよそに、地元の10代くらいの若者がしずしずやってきた。
神の前で体をふかく折り曲げて、参拝している。
真剣な表情で、何を祈っているのだろう・・・

手のひらの液体をもう一度見つめた。

飲んだ。

これくらいならちょいお腹こわすくらいでいけるか。
ガイドさんは謎だが、さっきの若者が真剣に祈る姿は信じられる気がした。
謎の洗礼ミルクはうす甘かった。

寺院を出て石の階段をおり、靴を履き、はあ、と息をつく。

私のおでこは今どうなってるんだろう。自撮り。

こうなってます。

ガイドさんは靴を履いた私たち二人を確かめると、次はこちらです、とガイド再開。

「ウノさん。この流れは、ガイド料がタダなわけないですよね」
「そうだね」
「うーん・・・」
「まあ、おもしろいからしばらく動いて、あとで彼にいくらか払えばいいよ」
「はい」

ヌルッと始まったコロンボ観光、これまでと違う違和感とへんちくりん感。

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