【スペイン編】完成までの何分のいち

徹夜で迎えるとは思わなかったスペイン。
8階の丸いテーブル席で、たまった原稿10本を書き終えたら窓の外で夜が明け始めていた。
14階まで階段を上がり前方デッキに出て、風を吸いにいく。

早朝6時に入港予定なので、もうすぐタラゴナ港だ。
海の向こうに陸地の明かりが見える。
デッキには誰もいない。

夜明けの、雲がかかっている空がきれいだった。
まっさらの快晴の空より雲がある空が好きだ。

雲に見とれてボケーっとしていたら、タグボートがエンジン音とともにやってきて仕事を始めた。
ありがとう。
各寄港地でやってくるタグボートを眺めるのも、好きだ。

7万トンの巨大客船が、数百キロ程度の小さなボートなしには安全に動けない。

タグボートを見たいなら、やっぱりバルコニー付きの部屋がいいな。

タラゴナ港からツアーバスで1時間半、バルセロナ市内へ。
往復バスだけのシンプルなプランがあったので、それを利用した。

帰船リミットは夜9時だが、ツアーバスの集合時間は午後5時。
バルセロナ到着が11時。

ここも、ほんのちょっと立ち寄っただけ、の場所。
17年前の旅程でも、滞在日数は一日足らずだったな。

スペインに思い入れがあったり、ここからフランスなど足を延ばして自由に動きたい人たちは、船を一時離脱していく。
次の、そのまた次の寄港地に船が入港するスケジュールに合わせて、港で合流するのだ。

ある乗船者の人が、「スペインが好きすぎるからタラゴナで離脱して数日間スペインで過ごす」と言っていた。
目がぴかぴかに光って、心から嬉しそうで、声が弾んでいて、かわいかった。

私には、ここでずっと過ごしたいと思う土地はまだ見つかっていない。
あるのかどうかもわからない。

サグラダファミリアに向かう途中のカフェで、えびのピンチョスとカプチーノを注文。

ここで過ごす時間を、1時間程度と決めていた。

原稿を送り、データをアップして、時間内でできる限りやる。

時間が来たら、作業が終わっていなくても、終わりにする。

ガウディが手がけたものはサグラダファミリアだけでなく、街のあちこちにある。
グエル公園にも行きたい。
歩けるだけ歩いて、見れるだけ見たい。

だから仕事が終わらなくても、「今日のぶん」は終わり。

時間になった。
Macを閉じて、ノートと一緒にリュックに入れて、店を出た。

サグラダファミリアに向かって歩く。
どうしてかわからないが地下鉄で行く発想がなかった。

17年前に来たとき、サグラダファミリアは建築中だった。

今日のサグラダファミリアも、建築中だった。

タケコプターみたいに大きなクレーンが見える。

当時の私は無職で、貯金は船旅代を払ってすっからかん。
数ヶ月前に手術した縫合痕が、まだ柔らかかった。

住んでいた部屋を引き払ってシェアハウスで1ヶ月半過ごしてから船に乗ったので、船を降りたら、仕事も部屋も探さなければならなかった。

当時、文章を書く仕事をすると思っていなかった。
そういう力が自分にあると思えなかった。
書く仕事に憧れながら、書いた文章をどこにも見せないでいた。

「自信がない」のを、理由にしていた。

ぶらぶら歩きながら、サグラダファミリアを2周した。
映える角度(正面・裏)も、そうでないところも、見えた。

あちこちが建築中だった。
ガイドブックの大きな写真には選ばれなさそうな、華やかさと異なる空間も、まぎれもなくサグラダファミリアだ。

むかし、作家の仕事で何が難しいかを私に教えてくれた、一人の作家がいた。

「『完』をつけるのが、ほんとうに大変です。
始めたものを終わらせるのは、自分にケリをつけることだから」

夜明け前に徹夜で書いた私の文章は、ガウディの毛穴ほどもない仕事だが、完成させなければ誰の目にも触れない。
未完成の言葉のかけらをかき集めて、完成させる。
私なりの「完」をつけて、読者に届ける。

たまに設計まちがってガラガラポン。
計算違いでどんがらがっしゃん。

緻密に計算された美しい構造物はできそうにない。
いつまでたっても「自信あります」なんて言えそうにない。

自信は、行動の副産物だ。

完成を目指す「未完成」の生きざまを、他者にひらいて見せる。
自信がついたら見せるのではなく、未完成から完成へ向かう行動が、自信を育てる。
自信があろうがなかろうが、行動が誰かを魅了していく。

私たちの欲しいものは、行動が連れていく場所でたわわに実っている。
それでいて、途上ですでに私たちは果実を受け取っている。

行動することは、「完」へ、なにかの終わりへ、向かうことでもある。
ケリをつける。
その怖さを私たちは知っているから、誰かの行動に勇気をもらうのだろう。

サグラダファミリアは、完成までにあと100年以上かかると聞いたことがある。

完成前に路面電車にはねられて死んだガウディは、仮に、交通事故にも病気にもあわず命をまっとうしたところで、完成しないものを設計した。

その、「未完成のもの」を目指して、今日もたくさんの人たちが訪れる。
堂々とした未完の美しい建築に、多くの人たちが魅了される。

できあがったものだけでなく、その過程やプロセスにも、どちらにも力が宿る。

次にバルセロナに行ったら、サグラダファミリアで今日見た重機や、クレーンの位置は変わっているだろう。
完成に向かって歩みを止めない建築家の意志は、彼が死んでも生きている。
石と情熱でつくられる巨大な創造物の壁にさわる。
手のひらに残った冷たい温度を持って帰ろう。情熱が熱いとは限らない。

サグラダファミリアを後にして、グエル公園へ向かう。
グエル公園も好きな場所だ。
色とりどりのモザイクでできた美しい公園。

ゆるく長く続くグエル公園への道を、息が少し上がりながら歩いていて、そうか、と思った。

「やりたいことの5分の1もできていない」と責めていた、自分の間違いに気がついた。

108日間のプロジェクトで、やろうとしていた、濃い仕事。
108日間の船旅で、やろうとしていた、色とりどりの日常。

5分の1だろうが、10分の1だろうが、関係ない。

いきすぎた自己批判で、自らをちいさく刻んで、責めて何をしたいんだ。
そんなに強欲だと、仮にやりたいこと100%やれたとして
「まだだ、まだ足りない」とお腹をすかせているのだろう。
海水をがぶがぶ飲むほど水に飢える。

完璧主義になりたい完璧”願望”主義を、手放すレッスンの、途上にいるんだな。
私は。

今日できることは、今日のぶんの一つめの石を積むこと。
今日できることは、今日生きている奇跡を味わい楽しむこと。

いつ完成するかわからない理想の完成図をイメージしながら、今日できることを今日の分やる。

どんなに大きな事業でも、目の前の一つの石を積むところから始まる。
私は言葉を一つずつ積む。
楽しい時間も、一つずつ積む。

苦しさだけで創られたモノは、見るものも苦しくしてしまう。
楽しさも、積んでいく。
楽しもう、笑おう、味わおう。

午後5時。
バルセロナからタラゴナ港へ向かうバスに乗り、リュックを肩からおろして膝の上に置いた。
足の裏がじんじんしびれている。

今日歩いた距離を地図アプリでざっと測ってみると、18kmだった。

人生の長さを私は知らないので、その数字が、全体の何分の1かはわからない。

わかっているのは、昨日の私から18kmぶん、なりたい自分に近づいたことだ。


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