【洋上日記】2023年6月15日 船旅70日目 ヘリが飛びジャマイカも飛ぶ

気温 10℃ 海水温 10 ℃
横浜から19041マイル

昨日のこと。
午後4時半、カスパー船長の船内放送がはいった。
手を止めて、注意深く英語に耳をすます。

「搬送海域まで、ここから十数時間かかる見込み」
「航路変更する」

北大西洋のどまんなかで緊急医療搬送案件が発生。
船は航路変更して、ドクターヘリ搬送が可能な海域まで移動することになった。
起こることが起きている。

夜、14階レストランでけいちゃんとゆきちゃんとごはんを食べながら、話題は航路変更について。

「私ら、またグリーンランドに戻るん?」

ゆきちゃんがお昼をもぐもぐしながら言う。
グリーンランドとアイスランドをごっちゃにしている。

MAPS.MEオフライン地図アプリを起動して、現在地を二人に見せながら、私の推測を話してみる。知らんけど。

「今日の午前中はこのあたりに船がいたのね。
で、ジャマイカに向かってたけど、夕方から何回かMAPS.MEをチェックしてたら、すこし北に向きが変わってるの。
ちょっとずつ北上してる。
いま私たちは北大西洋のどまんなかにいて、一番近い陸地がグリーンランドだから、グリーンランド方向へ寄り道して、搬送海域でドクターヘリが来るのかもしれない」

「搬送海域とかあるんやね」
「ねぇ」
「ジャマイカどうなるんやろ」

航路変更しようが私がやることは変わらないわけで。

夜、14階レストランの右舷前方のテーブルで、アイスランド編(1)を書く。
アークレイリの白夜に起きたこと。

夜9時半に書き始め、深夜2時半に書くのをやめた。
あと、もう少し。

部屋に戻って寝る準備をしていると、深夜3時と3時15分に2度、廊下から船内放送が聞こえた。
乗客を起こさないように、船室には音声が入らないよう放送範囲が切り替えられているが、廊下からかすかに聞こえる。

部屋のドアを開けて左足をさしこみ、廊下に響く音声を拾う。

「Immediately」

の単語が2回、鋭く響く。

11階後方デッキへ、誰かを呼び出しているようだ。
船内医だろうか。わからない。
11階は私の暮らす階だ。
気になって、部屋着にダウンジャケットを羽織って外に出てみた。

ただでさえ原稿を書き上げた後はいつも、脳みそが興奮しているので、すぐには眠れない。

私服の男性が一人、硬い表情で後方デッキの入り口に立っていて、様子をうかがう私をちらりと見てスタスタ歩いて行ってしまった。

11階の後方デッキに出てみる。誰もいない。
海の音に混じって、ヘリの音が遠くに聞こえている。

昨日の夕方に航路を変更して十数時間後の、きょう未明に、緊急搬送海域にはいったのかもしれない。

これまでヘリによる搬送は、14階後方で行われていた。

規制テープが張られて関係者以外は搬送現場には行けないようになるため、現場をこの目で見たことはない。
ヘリが船の上を旋回して、患者を搬送する様子を2回見たことはあった。

11階デッキは狭いのでおそらく搬送には適さない(と思う)。
12階の後方デッキに上がってみた。

前回同様、後方デッキに続く通路に規制テープが張られているが、深夜なので周囲には誰もいない。

規制テープの外側から音がする方向を見上げると、霧の濃い夜空からヘリがちょうど近づいてきていた。
ヘリが目線で50度くらいの高さに見える。
ヘリのドアが開いて、救急隊員の表情は見えないが彼らの動きははっきりと見える。

一人目はすでにロープで船に降り立ったあとらしい。
二人目が揺れるロープをつたって、14階デッキに降りていった。

こちらから14階デッキの様子は見えない。
デッキに何人の人がいて、何が起こっているかはわからない。

しばらくして、オレンジ色の担架が風に揺れながら船に降ろされた。

ひとつひとつの手順をふむたびに、ヘリは船から離れて、旋回して戻ってくる。
ダウンをかき合わせて見上げている私の隣に、大きなカメラを持った男性乗客がいつのまにかいて、シャッターを切っていた。
インド人クルーも2~3人珍しそうに眺めていたが、深夜5℃の強風に痺れたのかいなくなった。
私と男性ふたりで、なりゆきを見守る。
私はジャーナリストではないし、こういう写真を撮る気にはなれないが、遅くまで起きていなかったら出くわさなかった出来事の、ことのなりゆきを自分の目で見たかった。

二人目の救急隊員と担架がおろされてから、患者を乗せたらしい担架(何かに包まれていてもちろん見えない)、白い服を着た救急隊員、オレンジの服を着た隊員の順で、ヘリが3回吊り上げを行う。

ほんの15分ほどの間にそれらは行われ、上空でヘリのドアが閉まるのが見えた。
それから機体が進行方向へ傾いて、濃い夜の霧に消えていった。
時計を見ると深夜3時半になる前だった。

数日前まで白夜だったが、今はもう北極圏を抜けて日の出も日の入りもある、ど深夜の出来事。
濃霧の、暗い北大西洋。

もしアイスランドを出てまもない、陸地に近い場所だったら。
もし明るい白夜の海域だったら。
そういう「たられば」におかまいなしに、抵抗は起こる。

本の一節を思い出す。


………………………………

あなたは抵抗にあうでしょうか?
はい、かならず抵抗にあいます。
あなたの活動そのものが、抵抗をつくるのです。
なぜでしょうか?
それは、行動はそれを支える反作用を必要とするからです。

………………………………

部屋に戻り、ダウンジャケットを脱いでベッドにもぐりこみ、冷えた体があたたまるのを待っているうちに寝た。
6時半に起きる。
12階後方のエアロビクスエリアで開催される、カルチャースクールのヨガストレッチへ。
規制テープは解かれ、いつもどおりに後方デッキに行けた。

ヨガのあと、朝ごはんを食べに向かうらしいぺぺ達と階段ですれ違う。
「おはよう」挨拶をして、私は部屋に戻る。
すっぴんなのでそそくさと。

部屋で、ふと、ぺぺに英語で鑑定セッションしている自分の姿が浮かんだ。
机の前で一人ぶつぶつと英語で独り言を話す。セッションの説明をしている。
イメージの中で、ぺぺが私の目の前にいる。

どうやったら鑑定セッションに興味をもってもらえるだろうか。
彼は、私がライターなのは知っているが、西洋占星術のセッションをしていることは知らない。

鑑定のベースは西洋占星学で、つまりは占いだが、ただの占いセッションでもない。
その人の運気やその時の主要なテーマ、注力するといいことなどの示唆に加えて、本人の性格や個性にあった「ありたい自分」「なりたい自分」へのチューニング法を伝えている。
メンタルコーチの領域。
とはいえ、渡した判断材料がその人を決定づけるものでもないし、決めつけるものでもない。

ハサミはあくまで、ハサミ。
人生を豊かにするための道具だ。

昨夜、船内テレビで映画『キャストアウェイ』が流れていた。
途中から途中まで観た。

無人島へ流れついたトム・ハンクス(だっけ)が、島に流れ着いた段ボールに入っていた新品のアイススケート靴の刃を使って、木の枝を切り割いて、生き延びるための道具にしていた。

たとえば、木に巻きついたツルを切って命綱をつくろうとしたとき、まるい小石よりハサミの方が、目的をより早く遂げやすくなる。

8ヶ国語を話す言語オタクのぺぺは、OSHOは好きではないらしい。(マリア情報)
もしスピリチュアルにあまり関心がないなら、「鑑定セッションは自己理解するツール」というアプローチがいいかもしれない。
自己理解するのに役立つハサミだ、と。

今度、ためしに言ってみよう。

朝9時すぎ、カスパー船長から船内放送がはいった。

・緊急医療搬送が昨夜、終了したので航路を戻すこと
・今後のスケジュールは追って連絡すること

午後12時に、ふたたびカスパー船長から船内放送がはいる。

気づけば、カスパー船長が英語で何を話しているか、乗船時よりずいぶん聞き取れるようになっている。
毎日耳をすませて、彼のお昼のアナウンス(緯度経度、現在地、船の速度、気温と海水温、横浜からの航行距離など)を聞いているからだろう。
ときどき間違えて書き取ったりもするけど、勝手にヒアリングレッスン by船長だ。

カスパー船長からの決定事項は次のとおり。

・緊急搬送にともない航路変更をしたこと
・今日未明に無事、緊急搬送が完了したこと
・ジャマイカ寄港を取りやめ、パナマ運河の航行スケジュールを優先すると決定したこと

抜港により、10日間の洋上生活が12日間に延びた。

私はまったくOKだ。
ちなみに「飛んでジャマイカ」という歌がほんとにあるらしい。

午後、ドラムの自主練に行く。
今日は誰もドラム練習する人がこなかったので、30分しっかりドラムセットで練習できた。
うれしい。めっちゃ汗だく。

夜11時半、昨日のアイスランド編の続きを書き始める。
昨日と同じ、14階レストランの前方テーブルのはじっこ。
寒くないようにブランケットをぐるぐる巻いている。

2時間かけて完成し、日本のスタッフに原稿を送った。

合計7時間で1万字。
400字詰の原稿用紙換算で25枚。ふー。
脳みそがふつふつ。

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