【洋上日記】2023年6月26日 船旅81日目 万全の日はいつまでもこない

気温 30℃ 海水温 30 ℃
横浜から23424マイル
時差調整あり マイナス1時間

パシフィック・ワールド号は、大西洋から水の階段をのぼってくだって、太平洋へ。
パナマ運河でエンジンを止め、小さな電車にワイヤーで導かれた巨大な船は、次の海へ出た。

中米グアテマラに向かう。

5時半に目が覚めて、ベッドで『アルケミスト』の続きを読んだ。

6時過ぎに11階の後方デッキへ向かった。
長い廊下に点在する、水の入ったバケツをよけながら歩いて廊下の突き当たりまで、外の空気を吸いに。

船旅も80日が過ぎたころ、私が暮らす11階の前方・後方の両側からデッキへ出れると知った。
外の風にあたるために、わざわざ階段を上り下りする必要なかったというわけ。
ショートカットできたのだ。

私はいろいろ気づくのが遅いな・・・

そう思ったあと、思い直す。
遅い早いではなく、私のタイミングが80日目だったのだろう。

実際、11階から14階までの階段を行き来する「道すがら」、予期しない人とのおもしろい出会いが用意されている。
すれ違う知人に新しいイベントに誘われたり、知らない人を紹介されたり、次の展開やきっかけにつながっていた。
ショートカットばかりだと、ひょんなことに出くわすスキもない。

誰にも会わない時間も、誰かと会う空間もどちらも、巨大な船を住まいにする不思議な生活の醍醐味だ。
一つ屋根の下で暮らす私たちの、おおきな家が動く。



グアテマラに向かって航海中の船は、昨日、おとといと2日間たっぷり降った雨の影響で、11階のあちこちで雨漏りが起きていた。
12階がプールデッキとオープンデッキなので、11階はほかの階にくらべて雨漏りの影響を受けやすいのかもしれない。
11階の左舷側の廊下をざっと見ただけで、4~5箇所にバケツが置かれたりタオルが敷かれている。
それで、廊下のあちこちにバケツ現象が発生している。

4月7日に横浜港を出航してこのかた、天井(落ちる)、トイレ(流れない)、電気系統(つかない)、配管(漏れる)、空調設備(効きすぎ/効かなすぎ)と、どこかしら、船は常にメンテナンスされている。

5階レストランでたまたま同じテーブルに居合わせた知らない男性が、強い口調で言った。

「故障部分を全部直してから出航するもんだろう、普通は。
どれも手抜きなんだよ」

同じテーブルに着席した数人に向けてそう言い、手にしたビールを傾ける。

「前に乗った時は、これほど故障はなかったんですけどね」

コロナ禍となる2020年より前に、同じ船に乗ったらしい人が、そうフォロー(?)していた。

誰も住まなくなった家が傷むように、海に出られない船も傷んでいたのだろうか。
建造年1995年のアラサー船だもの、不具合やガタがあってもおかしくない。

出航が許されなかった3年2ヶ月の期間は、終わった時点から振り返れば、「たったの」3年2ヶ月かもしれない。
でも、渦中は、船旅に関わる人たちにとってとほうもなく長く感じたのではないだろうか。

パンデミックが収束する前に、自分たちの運営が終息してしまうのかもしれない。
船会社も、NGOピースボートも、旅行会社も、生きて初めてくらう世界規模の感染対策。

1年で終わりが見えず、2年でカタがつかず、3年目、果たしていつ終わりがくるのか。
歴史的な出来事に絶望を何度も味わいながら耐え続けた期間は、ひたすら長いトンネルに感じたのではないだろうか。

トンネルをようやく抜けて、やっと、ついに、満を持しての出航だ。

ここからは、いち乗客の想像。

メンテナンスしなかったわけではないと思う。
むしろ、念入りに準備を進めてきたのではないだろうか。
何回もの延期を耐えて、晴れて出航の運びとなった2023年4月の114回クルーズだ。
「乗客の生活に不便をきたしてもいいから出航!」な、おざなりな準備とは考えづらい。

港でどれだけ準備しても、リアルな海で起こる現象すべてに対策するのは無理がある。
大雨が降ってはじめて、雨漏りする箇所がわかる。
船が大きく揺れてはじめて、どの扉が歪んでいて開かないかがわかる。

「何か起きてから改善する」を続けて、船はすこしずつ本来の機能を取り戻していく。

114回クルーズが実現したからこそ、メンテナンスを重ねて、115回クルーズでより快適な船内に整っていく。
だからこそ「再開」1回目の船には、おおきな役目がある。

修繕がたくさん必要だったとしても、錨を揚げて出航してくれたことが、ありがたいと思う。

暮らす日々に起こる故障に、「あららら」と対応し、修繕する。
家や、人間の体とおんなじ。
生きる日々に起きる故障に、「あららら」と対応し、メンテナンスする。

メンテ不要で、誰にも迷惑かけず、一発でカンペキにうまくいかせよう。

そう思うほど、自分か他人を責めて苦しくなる。

・・・と、完璧主義を握りしめる私はぼんやり思う。
ああ、自分に思いあたることだらけだ。

ビールで赤い顔した名前も知らない人の怒りが、目の前で、私の課題を教えてくれている。

理想の体重になったら、ああしよう。
理想のキャリアを手にしたら、こうしよう。
理想の自分になったら、あれしよう。

万全を期して、準備に準備を重ねるうちに、もらった時間は減っていく。
そして万全の日はいつまでたってもこない。

故障がいっさい起こらない船も家も人間もない。

動いて発現したトラブルに「あららら」でメンテナンスするくらいで、ちょうどいい。
死につながる不具合はそうそうない、あればそれはもう、運だ。

カッコつけて書いてみたけんど、準備や根回しが単に苦手な私。
「ダンドリが8割です」が口ぐせの、敬愛する通訳の先生の言葉が、いまもいまでも眩しい。




午前中。
バンド練習を1時間。といっても1時間フルに楽器が使えるわけではない。
他にも数組のバンドがいるので、譲り合って練習する。私がドラムを叩けたのは15分ほど。
あとはドラムスティックで自主練、エア練。

みな限られた時間でそれぞれのパートを練習している。
グアテマラ2日間の翌日が、バンドフェス当日なんだよな。
時間が足りない。やるしかない。

午後から、再びイタリア編の原稿に取りかかり、夕方に書きあげた。
すぐに送ろうと試みるもなぜかネットにつながらず、原稿を日本のスタッフに送れない。うー。
自主企画のワークショップが終わった夜に再トライだ。

気持ちを切り替えて、次の寄港地、スペイン編に着手。
2時間書いたら夜になった。

夜9時から1時間、書く瞑想ワークショップを開催。
8名の参加。ありがとうございます。

いつも参加される30代のEさんが、開催前にスマホを手に私に訊いた。

「日本にいる家族にも教えたいので、さよさんのレクチャーしているところを録画させてもらっていいですか?」
「いいですよ」

ちょっとびっくりしながら、笑顔で答えた。
そんなふうに思ってもらえて、ありがたいなぁ。

夜10時にワークショップを終えて、部屋に戻る。
シャワーを浴びて着替えてから、もういちど、イタリア編の原稿を日本のスタッフへ送った。

ネット、つながれーー

届け。
届け。

「了解!」のリアクションマークが、ぽこん。

届いた!

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