【洋上日記】2023年6月7日 船旅62日目 20数年ぶりにバンドすることにした

気温3℃ 海水温5℃
横浜港から17144マイル

アイスランド アークレイリに向かって北極圏を南下中。

昨日、ロングイェールビーンの港からテンダーボートで沖どまりの本船に戻り、ノルウェー領 スヴァールバル諸島を出航した。

5月31日から6月5日にかけて6日間、オンダールスネス、トロムソ、ロングイェールビーンと、ノルウェーの3つの港をめぐって、今、ノルウェーをどんどん離れていく。

日付が変わるころ、雪山のコングスフィヨルドを抜けたらしい(私は寝ていた)。
夜中3時半に、ぱち、と目が覚める。
ロボットの電源スイッチが入ったような目の覚めかた。

いつもならそのまま寝直すけれど、なんとなく部屋着にダウンをはおって14階デッキへ上がる。
オープンデッキは見渡すかぎり誰もいない。

船の左舷側に広がる北極海を、太陽が照りつけている。
太陽のうえに彩雲がかかっている。
目が痛くなるほど海面がまぶしくて、真夜中だと忘れそうになる。
海の向こうにノルウェー領の雪山の連なりが見える。

あの山の向こうに、昨日いた。

ツンドラ気候のロングイェールビーンは、10月から2月にかけて4ヶ月の暗期(あんき)がある。
1日中、ずっと夜。4ヶ月、空が闇色。
暗期の気温はマイナス15℃。
晴れていればオーロラが見えるそうだ。

私たちが訪れたのは6月、春のロングイェールビーンだった。
私が想像していた北極圏は、もっと閉ざされたとほうもなく極寒の不毛の地だった。
そんなことはなかった。

太陽はすごい。
外気は冷たいのに、太陽があたるとあたたかい。
風は冷たいのに、日差しがじりっと目を焼く。
寒いのに、あたたかい。

小さな鳥が、白夜に光る海面をたたいて羽ばたきながら進んでいる。
最初その光景を見たときは、波か、トビウオだと思った。
ずっと眺めていると、海面に上がってくる魚を得るために、鳥が、海面をばしゃしゃしゃしゃと滑るように羽ばたいている姿だとわかった。
カモメよりずっと小さくて、スズメほどの、黒い海鳥だ。

北極海の海水温は3~5℃。
鳥たちが低空飛行と潜水と海面羽ばたきをくりかえしている。

すぐ部屋に戻るつもりだったのに、1時間たっていた。
クジラとイルカは今日は見えず。

朝5時、部屋に戻りダウンジャケットを脱いでベッドにもぐり、けいちゃんから借りた『神との対話』を少し読んで眠った。

朝8時にドラム練習へ。
どきどきしている。
朝の2時間、7階のレジェンドバーが楽器練習スペースとして開放されている。
ドラムスティック、家から持ってくればよかったな。
バーには、キーボードやギター、バイオリンなど、15人ほどの人がそれぞれの楽器を手に練習している。

20数年ぶりにバンドをすることにした。担当はドラム。
もう譜面も読めないし、すっかり忘れている。

ドラムを習うお金を工面できず、生活するだけで月末の残金ゼロ。
いや、マイナスだった。
「好き」にお金や時間を注ぐのを後まわしにし続けていた。
ドラム教室の月謝を調べて通うのをあきらめ、そのまま、あきらめきれないでいた。
でもドラムに片想いしていた。

「20数年ぶりにドラムします」とどきどきしながら、Kさんに言うと、「ぼくなんて50年ぶりだよ」とギターを手に嬉しそうにしている。

Kさんは、バリの港で私にタクシー代の20ドルを貸してくれた方だ。
5年前に乗った船をきっかけに、仲間とフォークソングバンドを結成。
大学以来、50年ぶりにギターを触りはや5年、いまや船の企画で何度もフォークソングを歌って伸びやかな歌声を響かせている。

ドラムのベテランOさん(たぶん70代)に、パラディドル(※)を再度教えてもらい、自分の太ももを叩いて練習した。
10時からバンド練習があるので、その前に自主練を約1時間。

パラディドルは、4月に一度だけ、Oさんのドラム自主企画に参加して教えてもらった打法(?)だ。
Oさんが予備のドラムスティックを貸してくださった。
ありがとうございます。
毎日持ち歩こう。

(※)パラディドル
右・左・右・右、 左・右・左・左
一拍目に右足を入れる

6月のバンドフェスに間に合わせる。
原稿に追われてばっかりじゃつまらんよ。

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