【洋上日記】2023年5月29日 船旅53日目 肋骨ヒビ入り地球を半周

気温 10℃、海水温 10℃

横浜港からの距離 15056マイル
(15056マイル×1.852=27884km)

地球を半周したらしい。

朝7時すぎ、ベッドから体を起こすと痛みが走る。
ルームサービスの温かい牛乳を飲んで、またベッドに戻る。
体を横にするときも痛い。寝返りも痛い。
ロンドンで買った本の続きを読む。
1ページで寝落ち。

9時すぎ、起きて水を飲む。
部屋をノックしたルームキーパーのソフィアントに、今日は清掃しないでいいよ、と伝える。

「Ok, enjoy, Sayo」

左の肋骨がきしむ。
寝起きするとき、物を持つとき、息を吸うとき、笑うとき、痛い。
くしゃみすると激痛。
なにしてても痛い。

強風で体をデッキに叩きつけられてから1週間が経った。
その間、フランス(5月25日)とロンドン(5月26ー27日)に寄港し、1週間の歩数は7万6千歩を超えていた。
重いリュック(+買った本2冊で重量マシマシ)で歩き回ったロンドン2日間の無理がたたったのだろう。
数日前より痛みが増している。

かつて重病で倒れた際に、肋骨を折った経験のあるゆきちゃん。

「めっちゃ痛いけどなー、肋骨はどうしようもない、治るの待つしかない」

ですよね。

「肋骨2本やってな。痛いから笑わさんでって職場の子にクギ刺してたわ」

そう言った先から、あの手この手で私を笑わせにかかる。
ひどい。

今日の午後、船はノルウェーのフィヨルド(氷河がつくった入り江)に入る予定。
季節は、一気に冬に進んだような天候。
ここ数日で、ダウンジャケット姿の人も増えてきた。
今日の気温は10℃で、曇天で、冷たい雨が降り、風も吹いていれば、誰もデッキに出る人はいない。

曇天も冷たい雨も、私にとっては贈りものだ。
外に出んなってこと。

食欲はある。メロンもスイカも肉も野菜も食べる。
レストランのある14階にあがろうと階段に向かう私にゆきちゃんが「さよはすぐ無理をする。階段も肋骨には負担やで」と、エレベーターを促した。
無理している自覚はなかったけれど、言われたとおりにした。

さいわい、すごく痛いのは左の肋骨だけで、右の肋骨の痛みはそうでもない。
左ひざの紫色の大きなあざも、薄くなりつつある。
右腕も上がるようになった。
爪は伸びる。お腹もすく。生きている。
すこしずつ回復している。
ここで無理しないこと。

何より体温があるだけ幸運だ。
全身を打った時の打ちどころが悪ければ、ドクターヘリ搬送4件目の患者になる可能性もあった。
運悪く風がうずを巻いていれば、砲丸投げのように体がポルトガル沖にほうりだされた可能性もあった。

と、ぼんやり思いながら食後のあたたかいお茶を飲む。

5月26日の深夜。
ロンドンの8人部屋のドミトリーで一晩を過ごしながら、読者の皆さんからもらったメッセージを読んだ。

・Wi-Fi探しと原稿を送るのに時間をかけすぎるより、もっと旅を楽しんでほしい
・旅のための仕事? 仕事のための旅? 楽しむことを最優先にすればきっとうまくいく
・すでに十分。足りないものは何もないです

たまりにたまった原稿書きと、はかどらないデータ送信。

文章だけでなく、動画や音声や画像をもっと送ろうと思っていたもろもろの、5分の1もできていない。

焦りがつのり「今のところの満足度はどれくらいか、足りないものは何か?」をテキストにして、読者の皆さんに尋ねていた。
それに対するメッセージが届いていたのだ。

誰かのいびきや寝言が聞こえる真夜中、二段ベッドの下段の固いベッドに座って、読者の皆さんから届いたメッセージを数日遅れで読んだ。

ディスプレイに光るメッセージをくりかえし読んだ。

ここのところいろんな感情がうずを巻いてあふれて、結果、私はどこでも泣いてしまう。

5月29日、きょう。
イギリスはとうに離れて、北極圏に向かう洋上。

原稿はエジプトの途中で止まったまま。
エジプトを発ったのが5月12日。
その間、ギリシャ、イタリア、フランス、スペイン、イギリス、と寄港地を重ねてきた。

テーブルの上、日本から持ってきた本『マスターの教え』と目があった。
ぱっと開いてみる。

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思ってもみなかった場所に連れていかれたり、
時には堂々めぐりをすることもあるでしょう。

しかし、かじを取っている「内なる心」によって
たとえ一番遠回りしているように見えたとしても、
実際にはもっとも近い道を導かれているのです。

『マスターの教え』

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原稿がたまりにたまったプレッシャーはある。

そのプレッシャーは、みずからつくり出したものだ。
誰も私に負荷をかけてはいない。

そのうえで、なお「責任感」よりも「伝えたい気持ち」が強い。
その思いがあふれた涙は、苦くない。

感受性が高まってぐちゃぐちゃの何かに、言葉を与える。

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