【ノルウェー編4】世界最北でビール飲んで仕事
ノルウェーをどんどん北へ。
オンダールスネスより、トロムソより、さらに北へ。
北極圏。
北緯78° 東経15°。
ノルウェー領、スヴァールバル諸島 スピッツベルゲン島にあるロングイェールビーン。
世界地図の「北極圏」まるい形にくくられた場所、北極点から少ししか離れていない。
炭鉱が主な産業だったが、今は観光と極地研究の拠点なのだそう。
「世界最北の教会」「世界最北の博物館」「世界最北の図書館」「世界最北の映画館」「世界最北のスーパー」・・・
ロングイェールビーンは、1000人以上が定住する「町」として、世界最北だ。
町の人口は約2000人、船の乗客とクルー合わせて2000人、同じくらい。
「世界で最も〇〇」は人の興味を引きやすい。
雪山に囲まれた小さな港は、派手なターミナルや装飾など興味をひくためのものはなく、ほっとする。
トロムソ港で起きた船の停電の修繕で旅程がずれ、朝8時の入港予定が、12時間以上遅れた。
上陸許可がおりて、下船したのは夜9時半を回っていた。
太陽が強く照りつける町を見ると、朝9時と言われても信じてしまいそうだ。
「北極圏」からイメージしていたのは極寒の土地だった。
太陽の熱が服を温める。まぶしい日差しに目を細める。
風もない、思ったほど寒くない。
歩いているうちに巻いていたストールを脱いだ。
今日は、女性4人で動くことになった。
船で知り合って「けいちゃん」「まーちゃん」「サヨちゃん」お互い名前で呼び合うも、一緒に寄港地で行動するのは初めて。
けいちゃんとまーちゃんの二人は、スイートルーム(バルコニー、バスタブ付き!!)に「ルームシェア」で乗船している友だち同士。
ゆきちゃんは、サルサ教室でほぼ毎日会うそうだ。
港から町へ向かう道で、野良トナカイに会った。
私たちが歩くほんの2m前を、3頭の野良トナカイが歩いていた。
あんまり自然にそこにいるので、ワンテンポ遅れて声もなくおどろく私たち。
おどろくのがこっけいなほど、フツーにいた。
日本の町で、ネコが道路を横切るのと同じくらい自然に。
奈良公園の鹿のように歓待ムード(せんべい! おくれ!)でもない。
野生動物のように警戒ムード(ヒトだ! 逃げろ!)でもない。
私たち認識しつつのんびり道を渡って、道ばたの草をはんでいた。
港から少し歩くと、サークルK。
となりにTOYOTA。
サークルKの看板の下に、
「The world most northern fuel station」(世界最北のガソリンスタンド)。
朝のような夜、明るい。
冬のような春、暖かい。
ごきげんのゆきちゃんが、道の真ん中でいきなりサルサを踊り出す。
船内で受けられる無料のカルチャースクールで、サルサを習い始めた初心者の彼女は、「やるからにはマスターしたい」と毎日コツコツ練習している。
気まぐれに始めた参加者たちがつぎつぎに飽きてレッスン通いを辞めるなか、彼女は毎日レッスンに通って汗をかいている。
朝練、昼練、夜はバーで飲んで踊って夜練、まるで部活。
自分で決めたことに時間をついやす姿が、素敵だと思う。
で、練習にいそしむ彼女の体はノルウェーの北の果てで、サルサのリズムを刻みたくなったらしい。
「バック・サルサや」
後ろ歩きで軽やかなステップを踏み、優雅にトナカイのうんこを踏む。
道の真ん中に、それはあった。
山登り用に買ったばかりの新品の靴底に、排出されてまもない新鮮なそれが、みっしり食い込む。
小学生男子じゃなくてもいくつになってもうんこネタは盛り上がる。
雪解けの水たまりに、靴底をこすりつけるゆきちゃん。
「さいあくやー!」と大笑いしながら楽しそうだ。
私たちも体を折り曲げて笑う。
のどかな、夜10時。
傷んでいない平らなアスファルトはあるけれど、土や砂利との境界線がどこかあいまいな道路だ。
車が通れば土ぼこりが、ぶわりと立ちのぼる。
ガードレールはない。
標識もほとんどない。
雪解けの平地、土壌の上に並んだ、季節外れのスノーモービル。
うんこもあるし草も生えている。
人工物と自然物が、境目なくそこにある。
雪解けの小さな川を見つけて道をくだり、せっせと靴底を洗うゆきちゃん。
彼女より川上で、手をひたしてみる。
水が冷たくて気持ちいい。
1kmほど歩いて町の中心部に着いた。
どんなに明るくても夜だ。
スーパーも、映画館も、公共施設も、どこも閉まっている。
夜2時まで開いているパブを見つけた。
店内に入る。まだ人は少ない。
店に入ってすぐ、観光客向けのインフォメーションが表示されている。
現在の気温は4℃。
店内に入る人たちがぶあつい上着を脱いでいく。
日差しが差し込む店内は、Tシャツ一枚でちょうどいいくらいだ。
メニューは英語表記。
カクテルに「悟り」日本語があった。
家でも旅先でも、ふだんの私はほとんどアルコールを飲まない。
飲みたいと思うときは自由に飲む。
そう思うことが少ないだけで。
一人で動くときは、水筒の水。
カフェのコーヒーか、暑い国だとスプライト。
私以外の3人は飲むのが好きで、当たり前のようにビールを注文する。
店員さんに聞くと、シロクママークのビールがこの地では有名らしい。
せっかくなので私も注文した。
ノルウェーのWi-Fiは他の国に比べて速い。(日本ほどではない)
パスワードは「polarbear」北極ぐま。
このパブ独自のWi-Fiではなく、近くのホテルのWi-Fiを共用しているそうだ。
小さな町ならでは。
カウンターで受け取ったビールをテーブルに運ぶ。
メニュー。
フレンチフライ 65NOK(ノルウェー・クローネ)、オニオンリング 85NOK。
1クローネが13円なので、合わせてだいたい2000円。
ビールの値段はいくらだったっけ。
ワイン1本、ビール1杯。
4人で割り勘して2,300円ほどだった。
ビールはまろやか。
オニオンリングもフレンチフライも揚げたてで、とても美味しい。
けいちゃんとまーちゃんには、私がWi-Fi環境で仕事するのを伝えている。
「ここで作業していい?」
リュックからパソコンを取り出して二人に訊く私に、
「どうぞどうぞ」
とゆったり笑って、ビールを傾けている。
70代の二人。
年齢がかもしだす余裕、というよりきっと、彼女たちが「そう」なのだ。
別の国でやはり70代オーバーの人たちと一緒に動いた時は、正直テンポが合わなかった。
ビールを飲みながら仕事するのは初めて。
なんでもやってみるもんだ。
はかどり具合は、アルコールがあってもなくても特に変わらない。
たまった画像や動画をクラウドにアップして、原稿を何本か日本に送る。
ビールグラスを倒さないよう注意しながら、作業を終えて、パソコンを閉じる。
「よし、終わり!」
「おつかれさま!」
あれ、なんかうれしい。
いつも仕事を終えたとき一人だったから。
「おつかれさま」だって。
Macをリュックにしまって、飲みの続き。
1時間ほどで店を出て、町を歩く。
どこもかしこも閉まっているなか、一軒だけ開いている雑貨店があった。
店の前にはシロクマのぬいぐるみ。
仕事が終わった解放感でシロクマになれなれしく話しかける。
手触りふわふわ。
店内のシロクマにも近寄る。
ぬいぐるみじゃなくて、剥製か?
町のあちこちにシロクマのぬいぐるみ。
大きなものも小さいものも。
山の方には「シロクマ注意」の看板もあるし、本物だとこうはいかない。
野良トナカイみたいに、のんきに近寄ったりできない動物だろう。
それでもお土産物屋さんのぬいぐるみやバッグのデザイン、店の看板など、モチーフとしてシロクマが愛されている。
日付が変わり、真夜中の白夜だ。
再びサークルKの前を通って、船に帰る。
もっといたかったな。
帰りたくなかったな。
夜更かし感ゼロの、白夜の夜遊び。
翌日は、テンダーボートで陸地へ。
もともとロングイェールビーンの寄港は1日だけだった。
入港が遅れたことで滞在が2日にまたがったが、翌日の港は別の大型客船の予約でふさがっていたようだ。
それで100メートルほど沖合に船を移動し、2日目はテンダーボートを使っての上陸となった。
帰船リミットは、午後2時半に変更された。
非常時には、このテンダーボートに乗るのだ。
乗客乗員すべての人数を収容できるボートが、いつもは7階デッキに並んで固定されている。
パシフィック・ワールド号の救命艇(テンダーボート)に、緊急時以外で乗れるとは。
2日目は一人で動くことにした。
店が集まる町へ向かう人たちから離れて、誰もいない坂道をのぼっていく。
車が通り過ぎる。土ぼこりが立つ。
助手席にはびっくりするほど大きなシベリアンハスキー犬が乗っていて、こっちを見ていた。
バス停があった。
中はがらんどう、時刻表もない。
町と違って、山へ近づくほど春の雪が残っている部分がちらほらある。
雪を踏むとじゃくじゃく、粗い音がして崩れる。
雪解けの水が、山から町に向かって流れる音が聞こえる。
あとは鳥の声。
自然の音のほかにはなにも聞こえない。
しばらく行くと、きれいな建物があった。
そういえば、町の紹介で「世界最北の教会」とあった。
「KIRKE」は教会らしい。
世界最北の教会、スヴァールバル教会か。
中に入ってみる。
靴を脱いで上がるよう案内があった。大きな木製の靴箱があった。
なんの宗教も信仰していませんが、おじゃまします。
靴を脱ぐとき「おじゃまします」って言いたくなる。
日本の小さな町の、公民館みたいなたたずまいの空気があたたかい。
炭鉱の町で栄えた頃の写真や、ツルハシなどの道具が飾られていた。
木でできた階段を上がって中に入ると、手前にソファやテーブル、本棚やピアノが置かれた憩いのスペースがあった。
暖房も入っているのだろうが、ステンドグラスから入り込む太陽にも部屋があたためられている。
壁には地元の子どもたちの絵が飾られている。
憩いのスペースの隅に、ローテーブルが配されている。
「PRAYER TABLE」
「豆、石、ビーズなど、お祈りの際にビンに入れてください」と説明書きがあり、石や貝殻、イミテーションの真珠やビーズが、色ごとに分けた器に入っていた。
神様、
いつもそばにいてくださり感謝します
愛をありがとうございます。誰かに親切であれますよう
雪をありがとうございます。雪山をゆく旅行者の安全を祈ります
緑の芽吹きと成長に感謝します。自然を守れますよう
空気をありがとうございます
太陽と光をありがとうございます
神様、傷ついたすべての人をお見守りください
低いテーブルに跪き、祈りながら青い石を一つビンに入れた。
そのまま奥に進むと、礼拝堂がしつらえてあった。
休憩スペースには、無料のコーヒーと紅茶のセルフサービス、加えて無料Wi-Fiがあった。
親切に本棚に貼られたパスワードには「教会名+2017」だったので、2017年にWi-Fiを設置したのだろうか。
教会にWi-Fi。
すごい。
ありがたくティーバックの紅茶をいただく。
隣の売店のような場所で、店番(?)をしている白髪の男性に挨拶した。
紅茶のお礼を言うと、ゆっくりした声で返してくれた。
彼の名前はOddvar(オドヴァ)。
正規の仕事をリタイヤ後、ここで2ヶ月間だけ働いている。
2ヶ月後には最北の教会の仕事を終えて、ノルウェーの南へ移動すると言う。
ノルウェーでも南の方だと夏は20℃近くまで気温が上がるそうだ。
この地はほんの2か月前はスノーモービルが走ってたけど、とオドヴァ。
そういえば町のあちこちで、スノーモービルが並んでいるのを見かけた。
カウンターの内側に私を招き入れて、店番よろしくね、と笑う。
商品棚の上にパンフレットや音楽CD、ポストカードが置かれている。
オドヴァはそれらを指して「これらは全部、無料だよ」と。
無料?
パンフレットは立派だし、CDも綺麗にパッケージされている。
ポストカードの紙質もしっかりしていて上等。
ノルウェーの豊かさをこんなところでも感じる。
ショーケースの中にこじんまりと陳列している、教会の名前がプリントされたマグカップやキャンドルやポーチは有料だそうだ。
さっき紅茶を飲んだマグカップがかわいかったので、買おうかな、と一瞬思い、いや、いらないな、と思い直す。
「記念に」と買って使わないもの、いくつもあるでしょう。
マグカップはかわいいけど、私にはすでにお気に入りがある。
ショーケースの上、CDの山に置かれた「FOR FREE」のメモをひっくり返すと、「CDは有料です」と日本語で書かれていた。
「無料じゃないんですか?」と訊くと
「無料だよ」とオドヴァ。
誰かの親切心か、なぜか間違った情報を書いてしまったらしい。
これは有料と書かれています、と、文字を指差して伝えると「無料と書き直してくれない?」と彼が言った。
二重線で失礼します。
彼に見せると「OK」とうなずいた。
「パンフレットも無料だから、裏に書いてくれない?」とオドヴァ。
喜んで。
次にここを訪れる日本人のために。
教会の廊下に、北極圏(NORTH CIRCUMPOLAR REGION)の地図があった。
中央の北極点のすぐそばに、スヴァールバル諸島がある。
地図の左上の隅っこには、逆さのHOKKAIDO北海道がある。
SAPPORO表記もあった。
こんなところへ、いま、来ているんだ。
厳寒の冬をスキップして、春の北極圏に。
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ピースボートのツアー観光バスが教会に到着したらしい。
観光客が増えてきた。
カラフルな色や音も増えてきた。
日本語、中国語、韓国語。
玄関におりて、靴を履いてスヴァールバル教会を出る。
再び山の方へ。
雪が残っている場所を見つけた。
あたたかい地域に暮らす人が、雪を見たらなにするか。
最北の雪だるま。
夢中で作ってでかくなった。
巻いてみた。
雪だるまの鼻は黄色。
私のは赤い。
制作時間40分、ペットボトルで大きさ比較。
雪の周りの土壌には、春が芽吹いた小さな草が生え、トナカイのフンが落ちている。
トナカイのフンは、鹿やウサギと似た草食動物ならではの形で、黒くて丸くてコロコロしている。
コロコロ点在するそれを踏まないように気をつけながら、木切れや石を拾って雪だるまの顔を作っていて、はたと気づいた。
ゆきちゃんが昨日踏んだのは、トナカイのじゃないや。たぶん犬だあれ。
雪だるまを作っていると、下の方から「あらー雪だるま、なつかしー!」と声が聞こえた。
振り返ると、知らない年配の女性と男性の3人づれ。
同じ船に乗った名前も知らないご近所さんだろう。
「私、九州だから雪だるま作りたくて」
「あっはは、わたし北海道だからもういいわー」
気づけば帰船リミットまであと1時間。
町に下ろう。
雪解けの水に沿って、山を下りる。
アパートのベランダに置いた椅子に座って、男性が本を読んでいた。
Tシャツ姿で町を歩く人も数人、見かけた。
南から来た私たちの寒い6月のロングイェールビーンは、この地に暮らす人にとっては暖かな春だ。
昨夜に来たときは閉店していたカフェが開いていた。
BIBLOITEK、KINO、KAFE、とある。
図書館と、映画館と、カフェが併設されているらしい。
ヨーグルトケーキとコーヒーを注文、約2300円。
ノルウェーの物価は高い。
教育、福祉、医療など公共サービスが行き届いている。
そういえば、図書館も行きたかったな。
「コーヒーマシンがいま壊れてるんです。
ポットのコーヒーでもいいですか?」
と店員さん。ぜんぜんかまわないです。
ポットの近くのカゴに盛られたパンを一切れと、クリームチーズを皿に盛りテーブルへ。
ヨーグルトケーキのラズベリーが、甘酸っぱくておいしい。
コーヒーもおいしい。
ケーキが大きくて、ちょっと食べきれない。
残したくはないし、お腹はいっぱいだし、そろそろ帰る時間だし。
ふと、出入り口の、緑のドアを見た。
誰かが、ちょうどドアを開けて外に出ようとした姿勢のまま、突然、ガバッと振りかぶって後ろを見た。
「あ」
「さよさん?」
ふふふふ、と笑いながら手招きすると、メイビーがふふふふ、と笑いながら向かいの席に着いた。
「なにしてたんですかぁ?」
「ケーキ食べてた。大きくてどうしようかと思ってた。食べかけだけど食べる?」
「まったく気にならないです。うれしいですー」
彼女は残ったケーキを一口で食べて
「デザートまで食べられるなんて、しあわせだなぁー」
としみじみしている。
「メイビーは、何してたの?」
「そこの図書館にいました。すごく居心地がいいんです」
「わー、いいねぇ」
「ここの図書館、靴を脱いで上がるんですよ」
「教会でも靴を脱いで上がったよ。なんか落ち着くね」
「へー、おもしろいですねぇ」
「さよさんは? 何してたんですか?」
「雪だるま作ってた」
「おー、いいですねぇ」
そういえば。
「さっき、なんでドアのところで振り返ったの?」
「・・・んー、なんでだろ?」
「メイビーだ、と思った瞬間ふりかえるからびっくりした」
「私もさよさんがいて、びっくりしました」
メイビーは静かなカフェに笑い声が響かないよう、こらえて顔をおおっている。
会う人とは、会う。
そういうタイミングを見逃さないで、驚かないで、歓迎する。
ご縁を持って帰ろう。
【 おまけ 】
ピースボート映像スタッフ制作のダイジェスト映像に、私たちが映っていた。
船内テレビで知って、おわー、ってなった。
こんなふうに世界を切り取って3分以内に編集する技術、映像スタッフさんの作る映像は素敵だな。
記念にテレビを撮影してみました。
後ろで聞こえる こーーーー・・・ という音は、船室に聞こえるエンジン音です。
これも船の生活音です。
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