【ノルウェー編2】Wi-Fiがあってほしくない場所

ノルウェー2つ目の寄港地、トロムソ港の、朝7時。

上陸許可が下りるのを待って、メイビーと待ち合わせ。

船で、寄港地で、豊かな孤独を楽しむ人たちの一人。

テーブル席で海を眺めたり、日本から持参した納豆でごはんを食べ、音楽を聞いたり、本を読んでいる彼女。
見かけるときはたいてい、一人で楽しんでいる。

「部屋に窓がないから、外の空気を吸いたくて。
誰かが吸って吐いた空気や、空調じゃなくて」

と、14階のレストランのテラス席か、後方デッキのデッキチェアなど、風がめぐるどこかにいる。

彼女のいる場所に、ときおり、通りすがりの友人、知人、知らない人が、ぱらりぱらり現れて、彼女に声をかける。
声をかけられた彼女は、そのつど自分の世界から戻ってきた顔で、人々と会話を交わし、うなずき、驚き、笑い、手を振る。

また一人になると、静かに自分の世界に帰っていく。

孤独の豊かさを知っている人。
他人からどう思われようが気にしない人。
独特のかもす空気感が、私にとって心地いい人。

「さよさん、おはようございます」
「おはよう、メイビー」

7時に入港、帰船リミットは午後4時。

ツアーを入れていない自由行動どうし、メイビーと2人、今日はトロムソで遊ぶ。

朝8時半、上陸許可が下りるのを待って、5階で待ち合わせ。

4階の舷門に向かう狭い階段をおりていると、突然、視界が真っ暗になった。

「お?」

他の乗客も、私たちも、階段の途中で、ぴたと動きを止める。
窓がない部屋が真っ暗闇なのは知っていたが、窓がない階段も、真っ暗闇になると知った。

「停電かなぁ」
「ですかねぇ」

誰かがスマホを取り出して、階段を照らす。
それとほぼ同時に、階段の照明がついて明るくなった。

「おー」
「ついた」

のんきな声を出す私たち。
この階段エリアだけの一時的な停電だと、思っていた。

舷門で地図をもらい、歩き始め。
二人とも歩くのが好きなので、港で行列を作るバス乗り放題チケットには目もくれず。

北欧のバスはどれもピカピカで立派だけど、車窓じゃ外の空気を吸えないものね。

地下に続く通路を発見。
地下鉄かと思ったが、それが必要な島のサイズじゃない。
よく見ればバスのマーク。
バス停と地下道を兼ねているのかな。
なんせ読めない。
あ、だけど、もしかして、「大学」って書いてある?

バスの時刻表を眺めていると、あれ?と思った。

「上下が、逆さまになってる」

なんでだー。
バスの進行方向に向けられているのかー。

「これ、時刻見るとき、大変ですよねえ」

メイビーがのんきな声を出して、首をかしげた。

ちょっとかわいいから写真を撮らせてくれ、もう一回やって。

「いいですよぅ」

えっとー

えっとー

町歩きの手前、散歩開始5分で、すでにずっと笑っている。

ひとしきり笑って、バス停を通過。

道端にはつくしがたくさん生えていた。

「つくしだ。食べられますねぇ」
「水族館のチンアナゴ、こんな感じだよね」
「チンアナゴ! あはははは」

農学部出身で自然を愛するメイビーは、土や草や緑がある場所で幸せそうな表情になる。

前は海、後ろは山の、小さな島で育った私は私で、くつろいで土の匂いをかいでいる。
雨がたまにぱらつくと、土と草の匂いがたちのぼる。

私たちはショッピングにあまり興味がないところも似ている。
店が集まる場所より、緑のあるほうへ行きたがる。

住宅街をのんびり散歩。

集合ポスト。

観光用のマップの「なにもない」空白の場所には、その土地の人々が生活している。
私とメイビーは、そのなにもないところに進んでいく。

えんぴつみたいな建物を発見。
船のデッキからも見えていた。
プラネタリウムのある科学館らしい。

「これ、なんでしょう?」

科学館の前に、ピンクの丸い円盤があった。

数十メートル離れた地点に、同じものがもう一つあった。

メイビーが言う。

「あっちと、こっちで、お話しできるみたいですよぅ」

Whispering disc - talk with a friend!
【ひそひそ円盤 友だちと話そう】

「やってみよう」
「やりましょう」

「もしもーし」

小さい声で、ささやいてみた。
メイビーのささやき声が、返ってきた。

「もしもしー」

「おー」
「すごーい」

また、パラパラと小雨が降ってきた。

バス停の軒下で雨宿りしながら、「雨が好きなんだよね」と言ってみた。
雨が降ると、呼吸しやすくなる。

「わたしもです」
とメイビー。

それはよかった。
散歩日和だ。
紙の地図が濡れないようにポケットに入れ、私たちは濡れるのも気にせず気の向くままに歩く。

歩いているうちにいつの間にか、大学の構内に入っていた。
あちらとこちらを隔てる仕切りや柵や囲いのたぐいが、見当たらない。
ずいぶん広い敷地だ。

適当に歩いていると、不思議なものを発見。

「蔵?」
「なんでしょう?」

トントン。

周りを歩いてみて、感触にびっくりした。
土がフッカフカ。
ぼよんぼよんと弾力がある。
トトロのお腹みたい。
そうなのかも? 
トトロ的な精霊(?)との遭遇、ノルウェーなら起こりそうだよ。

二人で蔵の周りを歩きながら土を踏んで「ふかふか遊び」していると、声をかけてきた背の高い男性がいた。

大学構内の庭師(ガーデナー)だと言う。
夏は、船乗り(セーラー)をしてるんだ、と。

20代後半だろうか。
ヒゲは立派だが、少年のような目元をしている。

彼が、これは昔の家なのだと教えてくれた。

彼の名前はAtle、アトラ。
故郷はここ、トロムソではなく、北のホニングスヴォーグの近く。
病院が一つしかない静かなところだよ、と彼。

ホニングスヴォーグは、私たちがトロムソの次に向かう場所だよ、と言うと、にっこり笑った。

もし何か買いたかったら、向こうに大学のキオスクがあるよ、と親切に教えてくれた。

「そろそろ仕事に戻るよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」

アトラは、農具とバケツを手に、校内の花壇沿いにキビキビと歩いていった。

ありがとう。

キオスクは、ノルウェーでも「キオスク」なんだね。
試しに行ってみる?と彼の示した方へ歩いていく。

広い駐車場に、キャンピングカーが停まっていた。

「キャンピングカーで通学? 先生なら通勤?」
「いいなあー」
「いいの?」
「だって、キャンピングカーがあれば、家、いらないじゃないですか」
「そうか。いらないね」
「どこにでも行けますよー」

そうか、君もスナフキン気質か。

「・・・住民票って、どうなるんだろ」
「あー、どうなんでしょうねぇ」

大学の中に入ってみた。

「勝手にオープンキャンパス」
「ふふふ。オープンな、キャンパスです」

あたたかくて、清潔な空間だ。
人はまばらで、閑散としている。
角にはカフェが併設され、コーヒーのいい香りがする。

掲示板にいろんな掲示がされている。
なにが書かれているのかはわからない。

壁にも、学生の手書きらしい文字やイラストが切り貼りされている。
なんかかわいいな。

スマホを普段さわらないメイビーが、何か調べている。
Wi-Fiはここではつながっていない。

「何してるの?」
「なんて書いてあるのかなあ、と思って」

彼女の手元には、オフラインで使える翻訳アプリが。

「文字をカメラで写すと、翻訳してくれるんです」
「Googleレンズ。こんなのがあるんだ、すごい」
「いろいろ書かれてて、おもしろいですよ。
一番気になるのが、これです」

” Bein i nesa ”

Googleレンズを通すと


” 鼻の中の骨 ”

それを書いて、はさみで切り取り、ここに貼った。なぜ。

静かな構内に声を立てないよう、息を細めて二人で笑った。

「ああー。たのしいなぁ」

大学の構内を流れる小川に、雪解け水が小さな音をたてて流れている。
冷たい。気持ちいい。

山の方へ歩くと、解ける前の雪がすこし残っていた。

九州、福岡からやってきた二人がやることといえば。

さよ作。

私が作った雪だるまから少し離れたところに並ぶ、二つの雪だるまは、メイビー作。
私のもメイビーのも、示し合わせたように枯れ葉の帽子をかぶっている。
お地蔵さんにも見える。

「手が冷たいー」

散歩再開。

「そろそろ公園に行こう」
「そうですね」

二人がやりたい数少ない「予定」は、公園でパンを食べること。
船のビュッフェから持ってきたパンが、リュックにそれぞれ入っている。

大学構内の木造の素敵な幼稚園を眺めてから引き返し、また住宅エリアを通って、郵便配達人を眺めて、小さな公園を見つけた。
雨をふくんでぬかるんだ道を、転ばないように二人ガニ股でそろそろ降りていく。

地図に名前もない、近所の人たちの憩いの場に、あったら乗るよね、ブランコ。

小さなテーブルと椅子に座って、靴を脱いだ。
すうすうして気持ちいい。
しげじいのくつ下に風を通す。

リュックからパンの入ったジップロックを取り出し、水筒を出し、お昼ごはん。
おかずは遠くに見える雪山。
ごちそうです。

メイビーが写真を取っていたすべり台に、『Wake UP!』とスプレーペンキで書かれていた。

起きろ。
目覚めよ。

私はいま、目を覚ましているかな。

慌ただしい旅の日常にもまれながら、私の心が目覚めているのか、たまにあやしくなる。
目を開けたままで、私は眠ってないか?

昼食後、長い橋を歩いて渡って、島の向かいにある北極教会へ。

教会のそばに、公衆電話ボックス・・・・じゃなくて、
公衆図書ボックス。

街の人たちが読まなくなった本をここに置いているのだろうか。
貸出帳もない。
ナンバリングのシールもない。
なんの管理もない。
ほんとうの「ご自由にお取りください」

ついでに受話器もない。

店が軒を連ねるメインストリートについたのは、午後2時だった。

帰船リミットは午後4時。
なにか現地のものを食べたいね、とカフェに入った。

ケーキとコーヒーを注文して、半地下への階段を降りる。
BGMもない。静か。
穏やかな空気の流れる空間だった。
ケーキもコーヒーも、おいしい。

テーブルの上に小さな紙が置かれている。
紙に印刷されたノルウェー語を、メイビーがGoogle翻訳にかけていた。
このカフェのコンセプトが書かれているようだ。

翻訳の精度はおぼつかないけれど、意味はなんとなく伝わる。

意訳するとこうだろうか。

………………………………

冬の厳しい季節を過ぎた、4月から6月初めにかけて、私たちは素晴らしい季節を楽しむ時間をつくります。
その時間をつくるために、営業時間を短くしています。
休みの間に、さらなる素敵なアップグレードを計画していきます。

………………………………

カフェの営業時間は、11時から16時までの5時間。
日曜日は4時間。

自分たちの大切な時間を守るために、売上や客のニーズを手放す。
健やかなトレードオフを、自然体で伝えている。

恐れや不安からではない主張は、受け取る側もやはり、自然体で受け取れるものだ。

私のリュックの中身を知っているメイビーが、私に訊く。

「さよさん、Wi-Fi、このお店にはないみたいです。
お仕事大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

Wi-Fiがあってほしくない場所だから、いいよ。

リュックの中でMacは静かに眠っている。

お休みだ、今日は。

帰船リミットの時間が近づく。

大きな歩幅で歩きながら、船に向かった。
港に向かうバスが、私たちの横を通り過ぎていく。
私たちは、降ったりやんだりの柔らかい霧雨を呼吸しながらずんずん歩く。

「たくさん歩きましたねぇ」
「歩いたねぇ。楽しかった」
「ですねぇ。楽しかったぁ」
「雨もときどき降って、いいお天気だったね」
「ほんと、ほんと」

トロムソの観光地はあまり行かなかった。

「観光地」は光を観る土地、と書く。
その地は、誰かが示す名前のある場所のほかにも、自分たちで選べる。

ガイドブックには記されない光のある場所へ、私たちは行ける。
私たちの内側にいるガイドの導く声が、聞こえてくるからだ。

そこは、どんな匂いがして、どんな音が聞けるだろう。
どんな光を放っているんだろう。

「ここはどう?」

【 おまけ 】

スマホの待ち受け画面にしてみた。
一緒に船乗ろうぜ。

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