【メキシコ編】一期一会
早朝5時にデッキにでると、空より海が暗かった。
14階前方から、近づいてくる陸の明かりを眺める。
すこしずつ朝になる。
メキシコ マンサニージョ港に着岸したのは朝7時だった。
バンドフェスで折ったドラムスティックを買って返すため、楽器店を探す日。
ネットに頼れない&頼らない日々に慣れて、日本でそうするような「楽器店 地名」で検索する発想はない。
着岸した船のデッキから、港町を眺める。
散歩しながら探してみよう。
ぐるっと14階デッキを一周していたら、ウノさんとばったり会った。
「おはよ」
「おはようございます」
「メキシコ着いたなぁ」
「ですねぇ」
ウノさんが港町を見渡す。私もしぜんと同じほうを見る。
黄色、水色、エメラルドブルー、ピンク。
レゴブロックみたいだ、カラフルに塗られた家々。
「しんがきさん、今日はどうするの?」
「散歩して、Wi-Fiつながるカフェで画像データ送ります。あ、」
「なに」
「ドラムスティック買いにいきます。おとといのバンドフェスで、借り物のスティック本番中に折っちゃったんです」
「折ったんか」
ウノさんが目を細めてわっははと笑う。
「はりきりすぎました」と私も笑う。
ふと、ウクレレ弾きのウノさんなら知ってるかもしれないな、と思い訊いてみた。
「ウノさん、楽器店とか、どこにあるか知ってたりします?」
「ドラムスティックなら、ぼく持ってるからあげるわ」
「は?」
「Kさんのフォークバンドあるやろ、ラブ&ピースバンド。
メンバーのOZさんが借り物のドラムスティックを練習場に置いてたらなくなってな。
『ギリシャで楽器屋見つけたら買ってきて』ってKさんから皆に声がかかって。
ぼくはプラカの専門店で偶然みつけて買ったんだけど、他の人も別の店で買っててな。
それで一組あまったから、誰かの土産にでもしようかなと思ってた」
「もらっていいんですか?」
「うん、ええよ」
なんと! !!
巡り合わせすごいな! 思わず両手でハイタッチ。
ウノさんも「はっはっは、すごいなあー!」
つられて笑顔でハイタッチ。
ウノさんとKさんの二人部屋におじゃまして、新品のドラムスティックを受け取った。
朝食中か、Kさんは部屋にいなかった。
ウノさんと同室のKさんは、バリで見ず知らずのタクシードライバーにチップを託した人。
最初から印象の強かった二人。
ウノさんにお礼を言って部屋に戻り、真新しいドラムスティックをベッドに置く。
ぽんぽんと撫でる。
ありがとうね。
ありがとうございます。
自分が求めるものを知ること、意図して動くこと。
そうすれば、描いたルートと違っても求めるものが手に入る。
- 完 -
メキシコ上陸してない、船下りてない、完じゃないて。
朝8時、乗客への上陸許可を知らせる船内放送が流れた。
Macをリュックに入れて、資料と水筒を背負って出発。
楽器店探しのタスクがなくなったから、あとは仕事のデータを送ればOKだ。
帰船リミットは午後6時。
もともと遠出をするつもりはない。
どこかを目指した足取りじゃない、ぷらぷら歩きまわろう。
8時すぎのマンサニージョ港。
港町の店先はどこも閉まっている。
ほとんどの店は昼ごろに開くそうだ。
開店まで4時間以上あるが、観光地が観光地の顔になる前の時間帯を歩くのも好きだ。
色とりどりの切り絵の飾りを街のあちらこちらで見かけた。
パペルピカドというメキシコの伝統的な紙飾りらしい。
カラフルな骸骨が風にひらひら揺れている。
朝の時間、シャッターはどこも降りている。
音楽がどこからか聴こえる。
アパートや家の窓から、朝の準備をしている人たちの姿が見える。
朝食を食べて、仕事へ、学校へ。
あ、今日は日曜日か。
なおさらお店が開くのが遅いね。そういうのいいな。
子どもの声や食器の音など、生活音が道に流れてくるのは、多くの家のドアや窓が開け放してあるからだ。
船から見えたカラフルな家、壁、階段。
子どもがクレヨンで描いたような町だ。
マンサニージョも、住宅地の散歩が楽しい。
家の塀や石垣などの、境界線をあまり見かけない。
がれきやゴミや砂利やアスファルトやセメント、雑草と花壇、家と家、どれもなんとなく境目なくつながっている。
色とりどりだが原色の強さはなく、どこかミルクが混じったような柔らかさ。
どこも閉まっているなか、キオスクは開いていた。
キオスク前でぐっすり眠っている少年。
朝8時半、二度寝か徹夜明けか。
地図もなく気が向くままに歩いたら、線路に出た。
住宅地と鉄道エリアの境目もない。
踏切も遮断機もない。
道路と線路の段差すらない。
・
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大きな犬がワイルドな朝食を食べていた。
ワイルドな顔つきのわりに、私を見ても静かな表情。
じーっと眺める私にかまわず、ごはんの続きに取りかかる。
鳥の鳴き声と鶏の鳴き声。
産みたての卵とフンの混じった匂い。
窓からただよう卵を焼く匂い。
乾いていく洗濯物の匂い。
生活の音がする。
生活の匂いがする。
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散歩しているうちに、すこしずつ店が開きはじめた。
赤に目を奪われて立ち止まった果物屋で、イチゴを買った。
プラスチックカップにたっぷり入って、50メキシコ・ペソ。
「英語話しますか?」
私が訊くと、10代くらいの店員さんはすまなそうに笑って首を振った。
いいんです、私もスペイン語話せないので。
スマホの電卓アプリを出す店員さん。
ペソ紙幣を持っていない私のために、アメリカドルに換算してくれた。
2.5ドル。
スペイン語の代わりに、電卓アプリの数字を介して会話する私たち。
ビニール袋からいい香りがたちのぼる。
水分補給にかじりながら歩いた。甘くて酸っぱい。
いつもなら農薬がー、とか、路面店だからホコリ洗い流して食べなきゃー、とか。
そういう観念が郷に入れば消えていく。どうでもよくなる。
不思議だ。
だんだん街がにぎやかに、町に業者や買い物客が増えてきた。
子ども連れも多い。
朝ごはんは平日より遅め、週末の買い出しには家族ででかける。
日曜日なんだな。
よその国の日常にまじって、私も日曜日の気分をおろす。
地元の人でにぎわうマーケットへ。
洋服屋、雑貨屋、八百屋、肉屋、タコス屋、ジューススタンド。
2階のタコス屋さんでタコスを注文した。
サラダやライム、副菜の豆を、タッパーから好きなだけ盛れる。
相席のテーブルには学生2人と年上の女性が2人。
タコスのプレートにコカコーラ。
おかずや飲み物がところ狭しと置かれたテーブルを囲んで一緒に食べる空間も、境目ない感じ。
タコスはさっき焼きたて、巻きたて。
辛くて美味しい。
刻んだ玉ねぎとコリアンダーがたっぷりのサラダも美味しくて、おかわりして食べた。
暑さと辛さで汗が止まらなくなった。
食後にさっきのイチゴをつまむ。
目があった隣の女性二人にもイチゴをお裾分けした。
話しかけられるもスペイン語さっぱりわからない、ので笑っとく。
二人ともニコニコ笑っている。
そうか。
読めない話せない聞き取れないスペイン語の代わりに、イチゴ使ってコミュニケーションしよう。
イチ語と笑顔でトラベラーズコミュニケーション、半日くらいいけるか。
店を出て歩き出すと、乗客の20代の女の子に会った。
「あ、イチゴだ」
「どうぞー」
「ありがとー」
進んでいくと、違う乗客の3人グループと会った。
イチゴを差し出す。
みなその場でぱくぱく食べる。
「どこで買ったの?」
「あっちの果物屋さん」
「いいねー」
散歩再開。
目についたお店で白いブラウスを買った。
試着していたら隣の店の女性店員さんと目が合った。
同い年くらいかな。
笑顔の量がすごい。こちらもつられる。
「ボニータ!」
「グラシアス!」
ブラウスを買った紙袋を手に店を出て、歩き出す。
道端に立ち止まり、使った金額や記憶のメモを書き留めていると、さっきの洋服屋の店員さんが走ってきた。
手にはイチゴの袋が揺れている。
試着したとき椅子の上に置きっぱなしだった。
店員さんは忘れ物を渡してニコッと笑って、開け放した店へ戻っていった。
ありがとう。
港町をひとめぐりして、そのまま高台へ向かう。
見晴らしのいい展望台があるらしい。
アキレス腱が伸びるだらだら続く上り坂をのぼって、のぼって、人が減っていく。
上り坂に沿うように家々が建っている。
どこを見ても色がある。
坂道の途中から、パシフィック・ワールド号が見えた。
月の階段をのぼっていくと、見晴らしのいい高台に出た。
誰もいない。
海を眺めてぼーっとする。風が汗を乾かしていく。
誰もいないが猫がいた。
猫について展望台から坂道をくだっていくと、再び住宅街へ。
黒、白、きなこ色の猫が3匹と、子どもが4人。
子どもたちが私に気づいて、好奇心旺盛な表情でちらちら見ている。
絶妙な距離感。近づきたい。
どうしようかな。イチゴの出番だ。
「オラ!」
笑顔でイチゴカップを掲げて、ひとつ食べてみせる。
子ども達が近づいて、一人ひとつずつ大きなイチゴを手にした。
口いっぱいにほおばる。
猫はすこし離れて私たちを見ていた。
街に戻り、港のすぐ近くのカフェにはいる。
カフェの前で、スヌーピーが紙飾りといっしょに小躍りしている。
マンサニージョの名物カジキを釣り上げて得意げな顔がかわいい。
カフェのWi-Fiがつながることを確認して、テーブル席についてマンゴースムージーを頼んだ。
パソコンをリュックから取り出し、ネットにつないでデータをクラウドにアップする。
グアテマラから4日しか経っていないのに、400個以上の画像と動画があった。
旅も終盤で、なんとなく慣れてきて、通信速度の遅さもデータアップに時間がかかるのも前ほど焦らなくなった。
時間制限と通信制限でなるようにしかならない環境で、できる最善を目指す。
乗客のQPさんが通りがかって「ここWi-Fiつながる?」と訊いてきた。
さっき入力したWi-FiパスワードをQPさんに伝えて、イチゴをお裾分け。
テーブルの向かいに座って、一緒に食べた。
船が見えるほど港に近いので、乗客やスタッフたちがカフェの前を通りがかるのがよく見える。
ハウスキーパーのインドネシア人クルーが私に気づいて手を振る。
ぺぺが通りがかる。
ジェシカが通りがかる。CCさんたち、日本人、台湾人。
船で出会った顔見知りの人たちに、イチゴのカップを傾ける。
データアップ完了。
カフェを出て、帰船リミットまで再び散歩。
レストランで休憩して、瓶入りのコーラ。
イチゴが減っていく。
誰かに渡すほど、自分が満たされていく。
交流の数だけ減った、豊かな空っぽまでもうすぐ。
そろそろ帰船リミットの午後6時が近づいてきた。
うちに帰ろう。大きな動く住まいへ。
帰船後、船の後方デッキから大きな虹を見た。
夕焼けと一緒に、船に乗り合わせた人たちといっしょに見た。
虹は消えもの、イチゴも消えもの。
形は残らなくて記憶に残るかもしれないもの。
旅の寄港地はあと一つだ。
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