【アイスランド編1】白夜の散歩

アイスランド、そのまま訳すと氷の国。
さぞ寒いのだろうと思っていたら、そうでもなかった。

夕方4時にアークレイリ港に入港した。

7階デッキに出ると、ちょうどタグボートが仕事中だった。
小さな船が大きな船を力強く押している。
各寄港地で働くタグボートを眺めるのが好きだ。よく見逃すけど。
大きな船を先導したり、押したり。きびきび動く。
どんな人が操縦してるんだろう。

タグボートの反対側は、アークレイリ港。
遠くに雪山が見える。
私たちの乗るパシフィック・ワールド号より大きな客船が停泊していた。
船体に「Celebrity APEX」どこから来た船だろう。

午後5時に上陸許可が下りる。
今回のアイスランドも、ノープランだ。
今日は、けいちゃんと一緒に行動することになった。

私が持ってきた本『アルケミスト』の話で盛り上がった流れで、そうなった。

雲は多いが、風がなくて穏やか。
思っていたほど寒くない。
港から少し歩いた映画館が併設された建物に入る。

Wi-Fiの案内とパスワードが書かれた表示を発見、あっさりWi-Fiがつながった。
しかも速い。
速度を測ったら18Mbps。
ノルウェーもそうだったが、北欧のWi-Fiはこれまでより速い。
友人からの情報では、日本の商業施設のメガネ屋さんでつないだWi-Fiの速度が、78Mbps。

マニラやバリでは、単位がM(メガバイト)ではなく、K(キロバイト)だった。
ちなみに船の有料Wi-Fiの速度は、110Kbps。
ITに詳しい人が言うには、20年以上前のISDN並の遅さとのこと。
画像一枚送るのにも時間がかかるわけだ。
コロナ禍の3年間を経て、船の通信環境はこれから少しずつよくなっていくだろうと見通しを聞いた。

ちょうど過渡期の船に乗ったのも、アルケミスト的に言えば前兆なのだろう。
前兆をどう読もう。

けいちゃんはもともと、ノープランの旅が好きらしい。
私が最初にWi-Fi環境で仕事をすませて行動するつもりだと伝えると「かまわないわよ」と。
有名スポットをめぐる慌ただしい観光は好きではないらしい。

1時間ちょっとかけて1000以上の画像や動画をアップし、6月と7月のバンドフェスで演奏する楽曲のドラム演奏動画を探して画面収録している間に、彼女は近くの店や館内をぶらぶら散歩していた。
データの同期がすべて終わり、パソコンをリュックにしまう。

「終わりました」
「よかった。じゃ、出発しましょう」

時刻は午後6時半。

夕方の終わり、夜の始まり。
金曜日の白夜は始まっている。

アークレイリは小さな町だそうだ。
メインストリートも含めて、歩ける距離に商店やレストランが集まっている。
自然豊かな国で、滝や地熱温泉など有名なスポットまで足を延ばしたければバスやタクシー移動になる。
どこか遠くまで乗り物に乗るよりも、私たちは歩きたい気分だった。

まずは街のメインストリートを歩く。
アイスランドはアートの文化が豊かで、町のいたるところでウォールアートや芸術作品が楽しめるらしい。

北欧神話は知らないけれど、ストリートにたたずむ人形がノルウェーのトロール同様、けっこう怖い。
そしてでっかい。2mはゆうにある。
魔法使いか、おばあさんか。魔法使いのおばあさんか。
不気味な人形と、かわいらしい木製遊具や建物が同じ景色にある。

青い壁に赤い屋根。
目についたクレヨンで描いたような色彩の組み合わせが、おしゃれなんだよなあ。

けいちゃんもおしゃれなんだよなあ。
水色に染めた髪も、ロイヤルブルーのタートルネックも、この町によく似合う。

私のファッションセンスはなんというかモニョモニョなので、洗練された彼女にたまに見惚れる。

5階レストランから14階デッキまでの階段を、息ひとつ乱さず上がる75歳を、私はけいちゃんの他に知らない。

しばらく歩くと、丘の上の階段の先にアークレイリ教会が見えた。

階段の両脇には、美しい芝生とシンプルなベンチと、たんぽぽ。
緑と黄色。

文字やネオンや電線でごちゃつかない景色って、こんなに洗練されるものなのか。
人工物と自然物が互いに息を合わせているみたい。

なんというか、絵本的。
色が少なくて際だっている、絵本の色彩に自分も調和したくなる。

入ってみた。

けいちゃんがあうんの呼吸で写真を撮ってくれた。ありがとう。

「映え写真」を撮るのがいつも恥ずかしいのだけど、町がどこもかしこもかわいいんだもんよ。

「はぁわああ~」「いいなぁ~・・・」「素敵だなぁ~・・」ばっかり言っちゃうんだもんよ。

けいちゃんが「さっき撮ったの。私のお気に入り」と見せてくれたアート作品も、なんかいい。

作り込んでいない。
木材や石など自然素材と作者がおしゃべりしながら作っている。
建物にも、壁のペイントアートも、道路も、芝生も。
色合いがあり、遊びがある。
感想をコントロールする野暮な説明がない代わりに、受け取り手の感性を信頼する余白がある。

教会までのぼって振り返ると、町と、私たちの乗ってきた船が見えた。

階段を降りて、さて。

「どうする? 何か食べましょうか」
「食べましょう」

おいしい店を見つけるのがうまいのよ私、と、歩きながらけいちゃんが当然のように言う。
そう言う人は、そうなのだ。
思ったとおりの現実を創るから。

教会の近くに、ハンバーガー屋さんがあった。

「ここ、いいんじゃないかしら」

店内もおしゃれ。
ハンバーガーと関係なさそうなレゴも、関係あるすごい色の牛も、アート作品がそこかしこに飾られている。

店員さんがやってきて、注文は直接言ってもいいしモバイルオーダーもできます、とタブレットを置いていった。
では、タブレットでやってみる。

アイスランドの物価は、この旅で訪れる寄港地のなかで、いっちばん高い。
お土産屋さんの、手のひらに乗る小さなぬいぐるみが、4000円くらいする。

物価指数を知るのにわかりやすいファストフードのハンバーガー価格で比べると、日本のハンバーガーが400~500円、アイスランドは1200~1500円。
日本の3倍。
この店はファストフードではなくオシャレフードのハンバーガー屋さんなので、さらに高いはず。
でも一食くらいは、値段で妥協しないで楽しみたい。

私は船内での洗濯を、クリーニングサービスやコインランドリーをこれまで一度も利用せず、手洗いでコツコツ節約(?)してきた。
その! お金を! 今! つかう!

ハンバーガー&ポテト 3400円
ビール 500ml 1300円

わっしょい!!

ハンバーガーは大きくて二人で半分こでちょうどよく、マッシュルームがたっぷり、肉も野菜も美味しかった。
500mlビールはずしりと重かった。
仕事終わりのビールはおいしいねぇ。言いたかった。
ビールは年に数回しか飲まないのに、こういうときなんですっごくおいしいんだろ。

近くのテーブルで、家族づれが楽しそうに食事をしていた。
赤ちゃんがかわいくて、もうなんかすごい。
おばあちゃんだろうか、女性がかわいくてしかたないといった表情で赤ちゃんをだっこしている。
まゆげを垂らして(かぁわいぃぃぃい)と遠隔メロメロになった私と目が合ったおばあちゃんが、(でしょぉう?)と言いたげに満面の笑みを返した。
(ですねぇぇぇぇ)

テレパシーじゃなくてしゃべればいいじゃないか。

「お孫さんですか? めっちゃかわいいです、写真を撮ってもいいですか?」

と尋ねると、いいわよ、と親子3代で写真を撮らせてくれた。

指しゃぶりしている赤ちゃんに、「ほら、おかお見せて」とおばあちゃんがやさしく指を引っ張って離す。
赤ちゃんの口も目もぱっちり開いている。

幸せを、ごちそうさまでした。

けいちゃんと二人でゆっくり話すのは、これが初めてかもしれない。

作家の小松左京の取材に同行して、アシスタントとしてエジプトに行った話。
今回、初めて船のスイートルームを予約した経緯。
華やかな話の皮膚一枚下にある、葛藤と苦しみの日々。
望んで、得られなかった家族。
自己啓発セミナーや講座にいくつも通ったこと、いくつか宗教を試したこと。
32年の結婚生活を終わらせたこと、
前回の船に乗った際、船の許可をもらって、海上で姉の散骨をしたこと。
魂の修行、魂磨きをしてきたこと。

ビールをゆっくり傾けながら、しゃんと伸びた背中で話すけいちゃん。

お互い『マスターの教え』が愛読書で、私は彼女が読んだことのない『アルケミスト』を貸し、彼女は私が読んだことのない『神との対話』を貸してくれたこと。
本の一節をそらんじる私に、そうそう、と頷くけいちゃん。

年齢も、時間も、空間境遇も超える。
超えるも何も、壁ですらない。
会う人には、会うようになっている。

たどるルートは違えど、目的地が同じなのだ。

お腹が満たされたところで、散歩再開。

「アイス食べない? ごちそうするわよ」

ありがとう。

「夜9時と思えないね」
「ほんと」

アイス休憩して、また散歩。

あてもなく歩くのが好きな二人。
特に住宅地に入りたがるところが似ている。

店が並びにぎわうストリートから離れて、坂道をのぼって住宅街へ入っていく。

家も庭の花も目に優しくて、かわいくて、静かにワクワクを分け合う二人。

花がいっぱいだ~。
春だね~。
庭が作り込んでないのに素敵~。
この花の匂いどんなだろ~。

住宅地のなかに、小さな公園があった。

遊具に木がたっぷり使われている。
だからか、さわり心地が心地いいのだ。

ブランコ、シーソー、自転車のメリーゴーランド。
小さなおうち。
中に入ると木製テーブルと椅子。
配された遊具がどれもかわいい。

なんだこのアイスランドマジック、かわいいばっかり連呼してる。
だってさぁかわいいんだもんよ。

家と家との、敷地の境界線が、ほとんどわからない。
それぞれの領域があるのだろうが、柵もなく、芝生でつながっている。

水色の家の庭先で、テーブルにペンキ塗りをしている男性が私たちに気づいた。

夜の9時半に、屋外でペンキ塗り。
ダウンジャケットの私たちに、Tシャツハーフパンツ姿の男性。

ブランコに乗ってキャッキャ写真を撮りあう私たちに「一緒に撮ってあげようか?」と刷毛を置いてゆるい坂をのぼってきた彼が、私たちの写真を撮ってくれた。
ありがとう。

夜に、昼。
冬に、春。
彫りの深い顔に、平たい顔族。
ギャップを飛び越えるのは、親切な気持ち。

ペンキ塗りに戻る彼を見送って、公園を出る。
散歩の続き。

地熱発電で電力100%をまかなえる火山大国アイスランドには、温水プールが数軒ある。

人間用のプール施設のとなりに、カモたちのプールもあった。

これは温水ではないだろう、たぶん。
プールじゃなくて池かな。
長方形なのでプールに見える。

カモたちの家もかわいい。
町中にかわいいが満ちている。

坂道をくだっていくと、街灯の裏に妙なシルエットが。

「これ、ゴミ箱よ」

と、けいちゃん。
ほんとだ。
ゴミ箱が手編みのニットに包まれている。

かわい・・・・・・くないです。

「なんなんだ、これ」
「怖い」
「これも北欧神話?」
「どうなんだろう」

そのままくだっていく先で、道がカラフルになった。

建物の窓には、アート作品が並べられている。
焼き物、イラスト、人形、いろんなアート。

「アーティストは仕事中です」
CLOSEDの貼り紙に、アートギャラリーなのだと気づく。

「アークレイリ アート ミュージアムだって。開いてたら入りたかったね」
「ねぇ。楽しそう。カフェもある」

「うわっ」
「ここにも!」

そうか、さっきのゴミ箱ニットさんも、ここのアートミュージアムの、作品。
アート作品なのね。
すっげーな。おもしろい。

しかし、なんでまた、この目つき・・・

考えるな、感じろ。
気持ち悪いです。

町のメインストリートに戻ってきた。

「もう一杯、飲んでいかない?」

と、けいちゃん。

いいですね。

なんとなく雰囲気のよさそうなバーに入る。
ここにも店内に、店の外装に、たっぷり木が使われている。
木の皮をそのまま生かした作りが素敵だ。
触れると木をなでているみたい。

カクテルもビールも高いけど、郷にいれば郷に従え物価も。
どれがおいしいかなんてわからないから、気になったものを一杯だけ選ぼう。

けいちゃんはウィスキーを、私はMYGRONIというカクテルを注文。

「カンパリだけど大丈夫?」

と店員さんが私に訊く。

「カンパリ好きです」

2600kr。
1アイスランド・クローナは1円。つまり2600円。

日本だと頼まないね。

店員さんがていねいにカクテルを作って、オレンジの皮を削いで、洗濯ばさみでグラスの縁に皮を挟んだ。

「洗濯ばさみって、おもしろいわね」

「船で私が洗濯物ぜんぶ手洗いして節約してるの、この人知ってるのかな」

私がつぶやくと、けいちゃんがあはははと声を出した。

ごちそうさまでした。

日付が変わろうとしている。
外は、夕方のような曇り空。

けいちゃんは、船に帰る。
私は、もう少し外にいたい。

彼女を船の前まで送って、ハグして別れ、くるり踵を返す。

時刻は0時。
散歩再開。
帰船リミットは早朝4時。
ゆっくり一人になれる。



さっきとは違う、住宅街へ。

保育園。

かわいい窓の向こうに、真夜中の猫。

ぬいぐるみかと思った。ら、動いた。
しばらく見ていると、窓際からひらりと下りて姿を消した。

ぶらぶら歩いていると、雨がぱらつく。
ぱらついては、止み、また、ぱらつく。
不思議と寒くない。

今度は違う猫に会った。すっと目が合った。
彼か彼女か、も、散歩中ですか。

みゃーおぅ、と挨拶してみる。
猫はもう一度、顔を上げて私を見て、するする近づいてきた。

スニーカーのつま先の匂いを嗅ぎ、顔をかるく擦りつける。
挨拶を交わしたとわかった。

きれいな猫だなぁ。

船から持ってきた、真夜中散歩用の夜食がリュックに入っているのを急に思い出す。
クロワッサンと、チョコクロワッサンと、レーズンのデニッシュ。

クロワッサンを小さくちぎってあげてみる。
猫はくんくん匂いを嗅いで確かめたあと、私の手から直接ペロリと食べた。

なでるでもなく、抱きあげるでもなく、ただ一緒に過ごす。
雨がときどき降ると、草の匂いが強くなる。
それを一緒に呼吸していた。
君も雨が好きですか。

40分ほど一緒に過ごして、そろそろ行こうかな。
手を振って別れる。
猫は後をついてくるでもなく、私が去るのを庭の石の上から見ていた。

散歩再開。

住宅街を抜け、港に背を向けて、白夜を引き延ばしたくて、再び町へ戻った。

さっきカンパリを飲んだバーが、あった。
さっき通り過ぎた丸い広場も、あった。
広場にある広告塔の温度計は、8℃を示している。
さっきは9℃だった。

一度見たものが視界にはいると、すでにもう懐かしい。

どこかのバーで、EDM系の音楽が派手に流れている。
笑い声に、音楽。
騒がしいほど、周りの静けさが引き立つ。

雨が少し強くなってきた。
雨やどりできそうな場所を探して、広場に面した小さなゲストハウスの裏手にまわってみる。
求めた場所が、あった。

勝手口のようなドアが裏手にあり、コンクリートの階段がしつらえられている。
電灯が一つ、段差をささやかに照らしている。
そうそうそう、こういうとこ。

しばらく雨やどりさせてください。

階段を上ってドアの前に立った瞬間、ぎゅっと意識をつかまれた。
無防備な心に、熱い感情が一気に注がれた。

香り、温度。

屋内の空気がドアから漏れて、私の顔をなでた。
その暖かい空気と一緒に、柔軟剤の香り。

昔かいだことがある、当時はくさいと思っていた、外国製の柔軟剤のにおい。
強い人工的な芳香に時間が混じりあって、懐かしい記憶の香りに変化していた。
きっと同じ柔軟剤ではないだろう、だけど。

匂いはすごい。
初めての土地を、過去の記憶と結びつける。

オーストラリアのシェアオーナーが使っていた柔軟剤にも、昔の恋人が使っていたタオルの匂いにも、いつか泊まったどこかの国の安宿のランドリーの匂いにも、似ている。
どこの、いつの記憶か、境界線なく混じりあい、ぜんぶ懐かしい。

匂いは、0.2秒で脳に届くという。
香水の香りが特定の誰かや光景を瞬時によみがえらせるように、私はどこかにいた。

Macの入った重いリュックを下ろして、ドアに立てかける。
ゲストハウスの客が帰ってきたら、ごめんと言って立ち去ればいい。
それまでおじゃまします。

見上げると、はんぶん軒下。
見下ろすと、はんぶん屋外。

雨の降りかからない、小さな天井。
階段の上に座って、ダウンジャケットのフードを頭にすっぽりかぶる。
両耳がやわらかく塞がれて秘密基地ができた。

小さい頃、長崎の離島で、家の裏手の山のふもとに秘密基地を作っていた。
雨が降ると草と土の匂いが立ちのぼって、それを呼吸するのが好きだった。
家には一人部屋がなく、秘密基地は他者の目から守られたとくべつな場所だった。

猫にあげなかったレーズンデニッシュとチョコクロワッサンを食べ、水筒の水を飲む。
雨の音が気持ちいい。

眠くない、寒くない、誰もいない、白夜。
ないないない、すべてある。
なんもいらないな。

ふと、人の気配がした。
顔を上げると、一人の男性が階段の下にさしかかり、階段の上にいる私を見あげて少しおどろいた顔をしている。

「ごめんなさい」

腰を浮かす。

「いいよ。気にしないで。大丈夫? 何か困ってる?」

片手にビール缶を持っているが、彼の目の光は穏やかだ。

「困ってないです。雨が降ってて、気持ちよくてここで休んでるだけ」
「そう?」
「あなたも旅行者ですか? ここのゲストハウスに泊まってるの?」
「ここはアパートだよ。僕はここに住んでる」
「ホテルじゃないの?」
「違うよ」

あれ。なんで勘違いしたんだろう。

私が笑うと、彼も笑った。
自己紹介しあう。
彼の名前は、Arel(アレル)と言った。

日本から船で来たというと、すごいね!と。
アパート暮らしなら、あなたはアークレイリ生まれではないの?
違うよ、でもアイスランド人だよ。
ここに暮らして2年になるよ。

マシンのオペレーターをメインの仕事でやってて、副業で、健康インストラクターをやってる。
オペレーターの仕事は生活のため、家賃を払うためにやってる。
でも、インストラクターの学校に通って、それで食べていきたいんだ。

いつか、副業をメインの仕事にできたらいいな、って。

あ。ここにも。

Someday「いつか」叶えたい夢を抱いて、行動する人がいた。

アイスランドにも、いた。

「いつか、今の仕事と副業がスイッチできるといいね」
「ありがとう」
「君はなにしてるの?」
「ライターをしているよ。
書く仕事をずっとしたくて、でも私もこれまで違う仕事をしてきたよ、生活のために。
ライターは副業で始めた。
時間はかかったけど、5年くらい前から、ライターがメインの仕事になったよ」
「素晴らしいね」

「初めてアイスランドに来たよ、いいところだね。好きになった」
「どんなところが好き?」

なんだろう・・・
この、なんとも言えない、空気感を、どう伝えたらいい?

「草の匂い、土の匂い、緑が豊か、人が穏やかなところ、落ち葉の匂い、、、えーと」

匂いばっかり言ってる。

えーと・・・
表現を探す私に、アレルが笑って言葉を助けた。

「平和(ピースフル)なところ?」
「そう。そう。ピースフル」
「僕も好きだよ。いいところだよね」

アレルは穏やかに笑った。

記念に写真撮ってもいい?
いいよ。
さっきまで私が座っていた階段に座って、笑顔のアレル。

一緒に撮ろう。いいね。

アレルが半分以下になったビールのグラスを持ち上げて言った。

「実は、2日前に誕生日だったんだ」
「誕生日は、6月7日?」
「そう。28歳になった」
「おめでとう!」
「ありがとう!」
「誕生日は過ぎたけど、今もまだお祝いムードで、さっきまでバーで飲んでたよ」
「6月いっぱいまで、誕生月をお祝いできるよ」

アレルが笑って、いいね、と言った。

そうだ、せっかくの誕生日、何かないかな。
リュックをたぐり寄せて探る私に、いち早く気づいたアレルが

「ノーノーノーノー、気を遣わないで」

と両手を振った。

私があげたいんです。
自己満足です。贈る方が嬉しいんです。

リュックの前ポケットに手を突っ込むと、板チョコが出てきた。
白夜に朝帰りするつもりで、散歩のおやつに入れてたんだった。
イタリア、カリアリのスーパーで買った、ヘーゼルナッツ入りのチョコレート。

「誕生日おめでとうアレル! これどうぞ」

アレルがびっくりした表情になり、目がふわっと柔らかくなった。

「えー・・・」
「あ、チョコレート、好き?」
「うん、好きだよ」
「よかった。これ、イタリアで買ったチョコレート。あげる」

アレルは、両手でチョコレートを抱きしめるように、自分の胸に静かに押し当てる。
アークレイリで私が最後に話す人になじむ、ゆっくりした仕草だった。

「ありがとう」
「どういたしまして」

写真を撮ろう、とアレルが自分のスマホを取り出す。写真を撮る。

「インスタやってる? 写真を送るよ」

インスタグラムで彼の名前を検索する。
「これ」と見せてくれたのは、大自然をバックに両手を広げる彼のアイコン。

互いをフォローし合うとすぐに、アレルが写真を送ってくれた。

「私、そろそろ帰るよ。船が朝には出港するんだ」
「僕もそろそろ寝るよ。インストラクターの仕事が朝8時から入ってる」
「寝る時間みじかいけど大丈夫?」
「大丈夫」

最後に握手しようとした私に、アレルはそうっとハグをした。

「サヨ、すごいね。
こんなふうに出会う人がいると思わなかった。びっくりした。
アイスランドの記事を書くとき、知りたいことがあったら遠慮しないでメッセージして。
いい旅になるよ」

「ありがとう。そうする」

アレルは階段を上がれば部屋だ。
私は20分も歩けば家だ。動く家。

早朝4時の帰船リミットまで、あと1時間。

雨は上がり、白夜はまだ続いている。
太陽は沈まないまま、空が明るくなってきた。

ただいま。おかえり。

部屋に戻って棚を開けると、板チョコがもう一枚。
誰かに渡すためのチョコレートを買うとき、渡す前からすでに幸せなのを知っている。
食べたいけど、あげたい。

アイスランドの、日本の、あなたの「いつか」が叶いますように。
私もそうなるように動きます。

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