【フランス編】サラサラした親切
肋骨折ったまま上陸すると思わなかったフランス。
トレビアンじゃない。
ヨーロッパの寄港地ラッシュのはざまは、心身ともに忙しかった。
よく泣いた。
人の優しさに触れて泣き、自分の小ささに泣いた。
よく笑った。
「何よりマシ?」ワークや、セルフコーチングをして立ち直り、ずっと書けずにいたエジプト編の原稿に着手した。
洋上日記の原稿も少しずつ再開した。
洋上で主催する瞑想ワークショップの参加者からお礼を言われて、嬉しかった。
よく感動した。
中国琵琶奏者で大学教授でもあるティンティンさんの講座と演奏に心が震えた。
「思いを伝える」だけでは伝わらない。
伝え手側の創意工夫がめぐらされ、多くも少なくもない情報量にとどめたスライドと解説が本当に素晴らしかった。
「音楽で右脳を使って、大学の講義で左脳を使うので、私は頭がいいんですね」
こんなすごいセリフをなんの嫌味もなく微笑んで言うティンティンさんに魅了された。
あと、映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』を観て感動した。
さまざまな感情を味わうあいだも肋骨がきしむので、予定の合間はベッドで横になっていたらフランスに着いた。
船の旅は容赦ない。
まるで時計の針みたいだ、眠る間も進んでいく。
フランスは、初めて訪れる国だ。
パソコンの入ったリュックを背に、ル・アーブル港を出てゆっくり歩き出す。
荷物は、MacBookAir 以外を最低限に。
いつも持ち歩くノートも、仕事の資料も、部屋に置いてきた。
フランスでは、スペインよりさらに短い時間だけ仕事した。
30分ほどネットにつないで、その間にできる仕事をして、あとはゆっくりする。
スペインで歩きすぎた。
今日はあまり歩かないでおく。
のんびり。歩調もゆるめる。
(ギシギシシ)
肋骨が私に(のんびり行こうや)と肋骨語で語りかける。
(ギシ)
カタコトの肋骨語で(だな)と答える。
ル・アーブルは「コンクリートの父」と呼ばれる著名な建築家の影響で、街をパッと見るとコンクリート色、明るいグレー。
街全体が世界遺産だそうだ。
朝9時半に港を出て、ぽてぽて歩く。
コンテナで創られたアート作品の向こうに、コスタの大型客船が見えた。
不動産屋の前を行ったり来たりするカモメがいた。
物件探しか。
(やっぱ海沿いがいいわ)
歩調も私の頭もゆるい。
歩くスピード、ゆっくり。
誰にも合わせなくていい。
私のペースでいい。
どこかへ行っても、行かなくてもいい。
ぶらぶら街の中心部へ入っていく。
しだいに、コンクリート色の景色にみずみずしい緑色が加わりだした。
優しい色に、目がよろこぶのがわかる。
公園を見つけた。
公園を利用する人たちの歩くスピードも、心なしかゆっくりだ。
ベンチに座って、朝露と緑の匂いを好きなだけ、ゆっくり吸う。
公園の前を路面電車が過ぎていった。
電動なのだろうか、音が静か。
すぅーっとすべるようにホームに停まり、客の乗り降り後にすぅーっと走り出す。
私もまた、ゆっくり歩き出す。
海のそばの、DOCKSというショッピングセンターで、弱いWi-Fiがつながった。よわぁい・・・
カフェに入り浸る気がなかったので、ベンチに座って30分だけ仕事。
じりじりした通信速度にやきもきしながらファイルを数個送れても、状況はあまり変わらない。
なので大量のデータ送信は最初から手をつけず、日本のスタッフとの確認事項や返信など業務連絡にとどめる。
30分後、MacBookAirをしまって、近くの店でクロワッサンを買った。
かりかり。香ばしい。おいしい。
のんびり散歩再開。
どこに行ってもいいので、ならば緑のある方へ足が向く。
路面電車の線路ぞいの芝生に、白い花が散らばっているのがすごくかわいい。
なんだこれ、もう、いいなぁ。
あっちにも、こっちにも。すごいなぁ。
こういうの、好きだなぁ。いいなぁ。
てんとう虫おる。めっさおる。
白に赤ってかわいいな。はー。
あ、飛んでった。
ずっとひとりごとをしゃべりながら、白い花のそばを歩いていたら、通りがかった車の運転手が私に声をかけた。
フランス語がわからない。
身振りと目線で「線路沿いだから危ないよ」的なことを、教えてくれている。らしい。
ありがとう。メルシー。
頭を下げると、運転手は無表情でサラッと行ってしまった。
線路を越えて、向かいの小さな公園へ。
平べったい。なんじゃこれ。
絵本の挿絵に挟まれてつぶれたみたい。
ドアには鍵がかかっている。
家の周りに説明板が掲げられていないのも、目に静か。
「芸術家に説明責任はありません」とどっかで聞いたことがあったなぁ。
なんだっけ・・・
ゆるゆるる。
スーパーに立ち寄って、板チョコレートを5枚買った。
原稿を書くと甘いものがほしくなるので、そのために。
それと、誰かにあげたくなった時のために。
街のあちこちで何度も、路面電車を見かけた。
ふと、あれに乗れば歩かないでいいと思いつき、駅のチケット販売機へ行く。
行くあてはないけど、乗ってみたい。
が、チケットの買い方がわからない。
フランス語が読めず英語に表示を切り替えるも、タッチパネル操作がうまくいかない。
やっとやり方がわかった。
で、チケットを買おうとしたら肝心の硬貨が足りなかった。
紙幣は使えないらしい。
ならばクレジットカードで買おうとしたら、カード会社が非対応だった。
そうだった。
スペインでVISAカードを無くしたので、手元にはアメックスしかない。
アメックスは使えないらしい。
電車に乗るためにわざわざどこかのお店に行って紙幣を崩す?
ゆるーっと突っ立っている私に、黒人女性が見かねて声をかけてきた。
私の手のひらの足りない硬貨と、使えないカードをそれぞれ見て事情を察したらしく、なにごとかをフランス語で言ってさっさとチケットを買った。
私にチケットを手渡し、サラリと去っていった。
びっくりした。
「メルシー」
紙幣を渡そうとすると、別にいいよと言わんばかりに片手をあげ、すーっと行ってしまった。
ありがとう。
知らない人に電車代を出してもらった・・・
押し付けがましさのないサラサラした親切に、伝えきれない気持ちと一緒に電車に乗った。
1時間以内であれば、区間内のどこでも乗れる路面電車のチケット。
静かで気持ちいい車内。
時間いっぱい、あちこち行って帰ろう。
さいわい空いてる。
座っていよう。
肋骨も座席に座っておとなしくしている。
終点まで行って降りてすこし散歩して、違う路線に乗ってまた終点へ。
帰りに道を聞いた男性も、サラッとしていた。
英語に切り替えて説明してくれた彼に、私がお礼を伝えると「いいよ」とすーっと行ってしまった。
この「サラリ」感覚は、なんなのだろう。
フランス語が話せないから踏み込んだ意思疎通がはかりづらい、という理由だけでもない気がする。
今日会った人たちに共通するのは・・・社交的な笑顔がないところ?
親切の行為に、余韻を残さないドライな感じ。
ベタっとした熱を帯びた親切とは、対照的だ。
これがフランスらしさ、なのかな、いやこれだけじゃわからんな。
電車チケットの1時間制限が切れるころに、港の近くに戻ってきた。
海のそばの美術館へ行ってみる。
絵画や芸術は詳しくないけれど、詳しくなくてもかまわないでしょう。
モネの絵が数点あった。
アルバート・マルケという画家の特別展示があっていたらしい。
海や港を描いた絵はどれも穏やかな色あいで、眺めていてほっとする。
ウインクしているマルケの肖像画、素敵だな。
美術館でゆっくり過ごしたら、ゆるり、帰る時間になった。
初フランスは、緑のそばでほどけた半日だったな。
とくに何もしていないけど、楽しかった。
骨休めできたかな。肋骨だけに。
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ショッピングセンターでネットにつないだとき、読者からのメッセージが届いていた。
「WiFi環境探しや仕事に長い時間を取られるのはもったいないです」
「仕事への責任感も大事ですが、船旅をもっと楽しんでほしい」
そのとおりです。
ありがとうございます。
「仕事のための船旅? 船旅のための仕事?」
うーん。
どちらか一方、0・100ではない。
バランスが大事。
一方で、そのバランスは、いちど崩してこそ得られるものだとも、思う。
私はこれまで、ビジネスと人生を学んできたメンターが二人いる。
出会ったタイミングは異なるが、それぞれ同じことを言っていた。
「まずは振り切るほどやり切ってください。
自分の限界を知るために極端に、あえて、バランスを崩す。
どれくらいやり過ぎればバランスが崩れるかは人それぞれ異なります。
だから、自分で見つけるしかありません。
自らバランスを崩してから、バランスを取っていきます」
「限界を超えるほどやり切ってみて、中庸、真ん中、自分の軸が、定まっていく」
仕事 と 家庭
仕事 と 遊び
おおやけ と プライベート
他者との時間 と 一人の時間
どちらか一方をバランス崩すまで振り切って、限界がわかる。
そうしてはじめて「ここかな」と、ちょうどいい中庸ポイントをつかめる。
人によっては、振り切る過程で、心身を壊したり、大切な人を失ったりする。
「自分という枠」の中をもがいてあがいて、内壁に手がふれたとき。
私たちはそこで「これ以上先にいけない」と気づくのだ。
もっと仕事ができるようになりたい。
もっと遊びたい。
もっと優しくなりたい。
もっと強くなりたい。
もっと賢くなりたい。
もっと親切でありたい。
もっと大きな人間になりたい。
むかしの自分がこしらえた、古びた枠の向こうに、なりたい自分のイメージがある。
自分の枠を広げるときが来ているのかもしれない。
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