【エジプト編 3】ピラミッドより大きい人

数ある寄港地のオプショナルツアーのなかでも、ピラミッドをめぐるツアーは人気が高い。

ツアーの内容にいくつか種類があるけれど、港から数百キロ離れたカイロへ大型バスで向かうピラミッドツアーは、大がかりなツアーの一つだ。
ギザの3大ピラミッドが有名だが、他にも130ものピラミッドがエジプトには現存するという。

昔から段取りベタ、事前情報は集めない、『地球の歩き方』読まない、旅のしおりもろくに読まない私。
読んでもなぜか頭に残らない。なんででしょう。
頭に残らないので読まなくなった。

今回のツアー、時間に遅れず起きて早朝集合のバスに乗れればよし。
あとはなんにも考えていない。

朝5:45に集合、14台のツアーバスがずらっと並ぶ列の一台に乗った。

バスの周りにはするどい目つきの警備員が乗った警察車両がずらり。
警察車両は撮影禁止。彼らは銃を持っている。だから写真はありません。
旅を楽しむのも命がけ。なんかシュールだ。

数年前、外国人との交流をよしとしない思想を持つエジプト人の組織が観光客の乗ったバスを狙撃し、死者が出たことがあったという。
そんなニュースが日本でも報道されたのか、それすらも私は知らない。

昨夜、チョコアイスをおごってくれたガイドさん、ムーちゃん。
姿を探したけれど見当たらなかった。
違うバスに乗っているのだろうか。

私が参加するのは、ギザの3大ピラミッド(クフ王、カフラー王、メンカウラー王)と、サッカラの階段ピラミッド、スフィンクスをめぐる、移動時間も合わせて14時間ものツアーだ。
片道3時間半のバス移動。
不審者からの狙撃を防ぐために警備車両とコンボイなる隊列を組んで一列となって進むので、途中のトイレ休憩はなし。
体力に自信がなかったり、トイレが心配な人は参加を見合わせた人もいる。
飛行機でカイロに向かう日帰りのツアーもあり、当然高いが、体力に自信がない高齢者はそちらも選べる。

船旅に参加して初めてのツアー。
これまでずっと自由行動だったので、ワクワクとヒリヒリのミックスだったが、バスに乗りさえすればあとは案内のとーりに動けばいい。
なぁんも考えなくていい。
ラクだ・・・

旅すると、自分がいかに弱い存在かを実感する。

言葉もわからず、文字も読めず、文化風習も貨幣価値もなじまない環境で、知らない場所を目指す。
「生きて帰れるかな」がつきまとう。

自由行動は、帰船リミット時刻を守る以外は、すべて自由だ。
自己裁量なぶん、私の生きて帰れる力を、旅の始まりから終わりまで試され続ける。
それはワクワクする一方で、独特のストレスが加わる。

ツアーはその点、生きて帰れる力のテストをお休みできる。
ツアー中になんかあったら嫌だけど、まあしょーがない。
責任を取る人生はおもしろいけど、ときに重たい。

自力で調べて乗ったバスだと「これで合ってる?」とドキドキものだが、その心配もない。
寝れる。
ついたら起こしてくれる。
おやすみなさーい。

実際は寝なかった。
車窓からの景色が面白くて、眺めているだけで飽きない。
なんの変哲もない景色を面白くしてくれた、ガイドさんの案内のおかげもあるだろう。

私が乗ったバスのガイドさんは、ハズムさん。

「ハッちゃんと呼んでください」

ハッちゃん! 
ムーちゃんの友達ですか?

ハッちゃんの日本語は、ムーちゃんほど流暢ではないものの、勉強と実践と改善をたくさん積み重ねてきた努力家をうかがわせる。

ともすれば似たような景色が続く砂漠、カイロまでの道のりを、ハッちゃんのエジプト紹介で楽しく過ごせた。

  • エジプトの国土面積は100万平方キロメートル、日本の2.7倍の大きさ
  • しかし、その面積の95%は不毛な砂漠で、可住エリアはほんの4~5%にすぎないこと
  • ビクトリア湖から地中海へ抜ける世界最長の川、ナイル川に沿って人々は暮らしている

「これから世界最長のナイル川を渡ります」

「ナイル川がなければ、私たちの命はありません」

川沿いの開発がさかんに行われているそうで、建築中の大きなビルがいくつも見えた。

4月15日に始まったスーダン内戦についても、ハッちゃんはごく簡単に説明してくれた。
スーダンはエジプトの隣国だ。

「スーダンが不安定なのは、軍事が弱いからです」

と、ハッちゃん。

「エジプトは軍隊が強いので、政治が安定しています。
軍隊が強い理由は、徴兵制があるからです。
エジプトの男性だけ、期間は人によりますが、大卒だと1年間、兵役を務めます。
制服の支給もあります。給料も支払われます。
高卒だと2年間の兵役です。
ただし例外があります。障害者と、一人っ子の場合は、軍隊には入れません。
子どもが一人だと、兵役期間に親の面倒を見る人がいなくなるからです。
また、両親の国籍が異なる場合も、軍隊には入れません」

スエズ運河の利権や天然資源をめぐる戦争は昔からあり、たくさんの戦いが繰り広げられた歴史があること。
中東戦争、第二次中東戦争。
私が無関心を決め込んで知らないまま生きてきた出来事。

車窓からは見えないが、私たちの乗るツアーバスの前後に、途中に、ツアーポリスが乗った警備車両が数珠つなぎのように連なっているはずだ。
私たちが冷房の効いたバスでぼけーっと景色を楽しむ安心感は、銃と権力に守られている。

ポートサイド港から出発して約4時間、カイロに入った。

もうそろそろピラミッド、というあたりで、レストラン前にバスは止まり、トイレ休憩。

ウエイターたちがせわしなく開店準備をしている。
店名は、クレオパトラ レストラン。
重厚なつくりの美しいレストランだ。

ここでお昼が食べられたらいいのになぁ。

15分後、再びバスは出発した。
いよいよピラミッドに向かう。

いちばん最初に訪れたのは、サッカラの階段ピラミッド。

サッカラの階段ピラミッドへの入り口にあたる建物も美しい。

ハッちゃんが説明してくれた。

「この階段ピラミッドが、現存するピラミッドの祖です。
サッカラのピラミッドの建築がなければ、どのピラミッドも生まれていなかった。
それほど多大な影響を及ぼしています。
階段ピラミッドの建築家の功績はすばらしいのです」

知らなかった。

階段ピラミッドは最初に到着したバスだったからか、観光客がほとんどいなかった。
ぽつん、と建っている。
ぽつん、なのだけど、大きい。
大きいけど、不思議なこじんまりさがある。

ゆっくり見て回ることができた。

ほとんどのツアー客が遠景からピラミッドの全体をカメラに収めて、次に向かっていく。

私は階段ピラミッドに触りながら、ぐるりと一周してみることにした。

ピラミッドの前面から、左にピラミッドを触りながら歩く。
歩き始めて3分ほどで、石のおしまいへ。
隅の石を曲がると、数メートルの段差の上に立っていた。
ピラミッドのふもとを歩いていると思っていたが、階段ピラミッドを数段上がっているところにすでに立っていた。
不思議な気持ちになった。

触るとひやりとする。
高い太陽に熱される前の、石の冷たさがそこにはあった。
砕かれた部分の石に触ると、雲母のようにぱらりと剥がれ落ちた。
こんなに脆いのに、どうしてこんなに頑丈なのだろう。
数千年もここに存在できるのだろう。

巨大なギザのピラミッドと違い、歩いて一周することができた。

サッカラの階段ピラミッド、いいな。
ボキャブラリーそんなもんだけど、いいな。

ツアーを振り返れば、ピラミッドめぐりのなかで一番ゆっくり過ごせた場所だった。

お昼のレストランへ。
さっきトイレ休憩に立ち寄ったレストランだった。

ビュッフェ式なので、気になったものをどっさり盛る。
凝った味、野菜の素材の味、どちらもおいしかった。
ここでもアルコール提供はなし。
選択肢は水、コーラ、スプライト。

レストランの屋上テラスに上がると、遠くに3つ、ギザのピラミッドが見えた。

食事が終わると、ギザの3大ピラミッドへ。

チケットを購入し、駅舎の改札みたいなゲートを通る。
開けた場所に行くのに、せまい簡素な建物をくぐる。

17年前にも、これあったっけ。忘れた。

チケットに印字された200エジプシャン・ポンドは、ツアー代金に含まれている。

ここはピラミッドのなかで有名どころなので、観光客が多い。めちゃくちゃ多い。
午後の時間帯に着いたからというのもあるだろう。

人、人、人、ラクダ、ラクダ、ラクダ、人、人、人、たまに馬。

クフ王のピラミッドは、途中まで歩いてのぼることができる。

別料金を払えば玄室(棺が収められた内部)に入れるらしいが、今回のツアーは対象外だ。

ピラミッドの途中で、犬が1匹寝ていた。
痩せてはおらず、毛ヅヤもいい。
だけど飼い犬ではなさそう。犬だけど一匹狼の風情。
ここにいれば、たまに観光客からのごちそうにでもあずかれるのだろうか。

犬でも人間でも、「ほか大勢」と違う行動をしたいタイプはいる。
たった1匹、数千年前からある建物がつくった日陰でぐーすか寝ていた。

ラクダにも乗る。
前回は乗らなかったので、乗ってみる。

5ドル。
1分ほど乗ってー、写真を撮ってー、はい終わり。

ラクダに乗って少し歩けませんか?と尋ねると、別料金だって。

カフラー王、メンカウラー王、残りの2つのピラミッドは車窓からの観光。
ツアーにもいろいろ種類があるので、違うツアーだとどっぷりコースもあるのだろう。
私はいっちょかみのピラミッダー客なのでこれで十分だったりします。

午後になると、日差しが重たい。
空気はカラッとしているが、暑い。

 

「夏になると50℃は軽く超えます」とハッちゃん。
ひー。

 

バスに乗るたび、冷房にほーっと息がもれる。

ピラミッドから少し離れたスフィンクスへ。

お久しぶり!

縦に高いビル、横にでかい建築物、縦にも横にも巨大な創造。
それを造りたい人たちの気持ちが、今頃ちょっとわかる気がする。

高さ、大きさ、広さ、長さ。

影響力は、数字の大きさに比例するのだろうか。
高ければ高いほど、大きければ大きいほど、広いほど、長いほど。

ただただ圧倒される。
なけなしの自身の影響力が消し飛ぶ。
こちら側の「小ささ」を、物理的に象徴的にも際立たせる。

一つの岩から彫り出して造られたスフィンクス。

大きい、って、それだけでもう権威なんだな。

午後4時半に集合。
カイロからポートサイド港へ、再びコンボイを組んで進む。
夕日がきれいだった。

ぼーっと窓の外を眺めていると、私たちの乗ったツアーバスの隣の車線を走っているバンの、後部座席に乗った女性たち6~7人の一人と目が合った。
20~30代くらいで、皆イスラムの綺麗な布を髪に巻いている。
仕事帰りかな、学校帰りかな。
一人がニコッと笑って、何かを話して私に手を振った。
私も手を振り返す。
とっさに笑顔をつくるスピード、日本だと、こうはいかない。
何を言っているかはわからないが、彼女の言葉に他の人たちも私を見つけ、ニコニコ手を振った。
うれしくなって、私も手を振る。
バスの窓からできるかぎりの、目が合う人たちに。

予定より少し遅れて、夜8時すぎにポートサイドへ戻ってきた。

印象的だったのは、バスの車窓から目があった人たちが次々と笑顔で手を振ってくれること。
さっきバンに乗っていた彼女たちだけじゃなかった。

バスの窓ごしに道ゆく人と目が合う。
照れながらも、笑って手を振る私に、照れずにパッと手を振りかえす人たち。
その瞬発性、その軽やかさ。笑顔のスピード。

びっくりして感動するくらい、目が合った人たちの誰も彼もがニコニコ手を振ってくれるのだ。

ハッちゃんが、最後のガイドをしてくれた。

「エジプトの人は笑顔が素敵です。知らない人にも笑顔で挨拶をします」


にぎわう金曜日の夜を、行きか帰りか。
そぞろ歩く人たちの頭上を、大きなツアーバスに乗った私たちが見下ろす格好になる。

大人も、子どもも、若いお兄さんも、仕事帰りのお姉さんも、学生さんも。
おっちゃんも、おばちゃんも、おばあちゃんも、おじいちゃんも。


影響力は、数字の大きさに比例するのだろうか。
大きなバス、大きな船、大きな経済力、そうなのか?

外国人向けの大型バスの窓から見下ろす私に、視線を交わした小さな人たちが与える影響力は、ぜんぜん小さくなかった。

知らない人に瞬時に笑えるなんて、私ができたのはいつだ?

【 おまけ 】

「もしかしてこれ、サヨさんじゃないですか?」

船のスタッフKさんが撮った写真に、私がたまたま写っていたらしい。
すいてたサッカラの階段ピラミッドを、散歩してたときの。

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