【洋上日記】2023年6月20日 船旅75日目 出会いのわんこそば

気温 28℃ 海水温 29 ℃
横浜から20591マイル
時差調整 マイナス1時間あり

4時半に目が覚める。眠りなおす。
6時に起きる。

最近いろんな人と話すたび、浮かぶキーワードが「愛と恐れ」だ。

これ、なんなんだろう。
わからないけど、なにか大切なメッセージを受け取り続けているのはわかる。
無理にわかろうとせず、わからないまま一緒に過ごしている。

目が覚めてぼんやりした頭で、心の動きをその二つのフィルターに通して眺めている。

愛かあ。
愛から、動きたいなぁ。
戦うんじゃなく、愛したいなぁ。

こうなったらイヤだ、だからああする。
こうなったらコワイ、だからそうする。

ではなくて

こうなったらうれしいな、だからああする。
こうなったら幸せだな、だからそうする。

恐れからではなく、愛で動く。

そう思った瞬間、ぼぼぼっと涙がでて止まらなくなった。
ベッドで大泣きして、朝っぱらから目が腫れた。
一人部屋でほんとよかった。



洋上日記も、愛から生まれる産物だ。
伝えたいことはたくさんあって、だけど、なにもない気もする。

私は、なにを伝えたいんだろう?

旅は面白い、ということ。
面白くないことも含めて面白いこと。

また、旅は、自分の外側へ向かう物理的な旅と、自分の内側へ向かう精神的な旅がワンセットだということ。
それが合わさってひとつ。

ちなみに洋上日記とは別に、手帳にも手書きの日記を書いている。
さらに毎月、新月のタイミングで書きつける特別なアファメーションも、手帳に書いている。
アファメーションを書いていて、数ヶ月前と内容が変わっていることに気づいた。
そうかぁ。
私の内側から届いた声を自動書記したようなメッセージだった。

アファメーションを書き終わる頃に、けいちゃんから電話あり。
最近すこし調子を崩していたけいちゃんは、「元気よ」と電話の向こうで笑った。

「思い出したの。”つなぐ”のが私の役目だって」
「いいね」
「サヨちゃんは? 起きてた?」
「私は、”愛から動こう”って、ちょうど日記に書いてたところ」
「いいわね」

天秤は揺れる。支柱は動かない。
メトロノームは揺れる。本体は動かない。

人間関係のマトリックスの、どの象限に揺れ動いても、ここに戻ってくればいい。

そういうことを教えたい。

ふっと「そういうこと」を教えている自分の姿が浮かんだ。
陸で、海で、船で、オンラインで、教えている。
日本語で、英語で、教えている。

えー、そうなの?

私がなりたいと願う姿が、素敵なものでよかった。

朝9時、朝ごはんを食べに14階へ上がると、マリアとカズが同じテーブルでごはんを食べていた。
意外な組み合わせだと思ったが、そんなことはなかった。
二人とも、私の瞑想ワークショップに参加した共通点がある。

「前は午前中に開催してたけど、朝の時間にはもうしないんですか?」

カズが私に尋ねた。

「ぺぺやマリア、GETの先生たちから朝は忙しいから夜開催がいいってリクエストがあったの」
「そうなんですね」

朝型のカズにとって、夜9時半から開催するイベントは都合が合わないらしい。
何年も前から瞑想を続けているという、静かな人物像。
早朝からデッキをウォーキングして、夜は早くに寝てしまう。

カズとは、5月のピラミッドツアーで一緒のバスになった縁で話して以来だった。

一緒に朝ごはんを食べながら1時間ほど英語で会話。
そこで初めて、ぺぺがワークショップに参加したきっかけをつくったのがカズだと知った。
GETクラスでぺぺから英語を学んでいるカズが、私の瞑想ワークショップが良かったから興味あったら行ってみて、と彼に勧めたと言う。

1ヶ月半前、4月下旬にワークショップを始めたばかりの私に、ぺぺが声をかけてきたあの日。

うわ、英語だ、と思った。
その日がぺぺとの初対面だった。

「ぼくも参加していいですか?」と彼が私に訊いたきっかけは、カズだったのか。

喜びが静かにひろがっていく。

「ぺぺに勧めてくれてありがとう」

私がお礼を言うと、カズは表情をほとんど変えずに言った。

「いいものは、いいですから」

マリアが隣でニコニコしている。



14階テラス席で一人、パソコンを開いていると、台湾出身のヤーウェンが話しかけてきた。隣にはアイビー。
ヤーウェンは日本語が話せる。

「いまちょっといい? あなたと話したい」
「いいよ」
「サヨはなんのライターをしてるの? どこで文章が読めるの?」

私のウェブサイトのURLをメモに書いて渡すと、続けて質問。

「あのね、わたし、相談があるの。
いま、51人の台湾人の乗客をまとめて通訳やお世話をしてるんだけど、どうしても合わない人がいるの。
それについてどう考えたらいい?
サヨにも合わない人っている?」
「いるよ」
「その人に対応しないといけないとき、どうすればいい?」
「仕事として、やらないといけないことは、するよね」
「する。でも、気持ちはどうしたらいい?」
「そうだなぁ・・・ うんちだと思ってみる」
「うん」
「うんちは触りたくもないし、近づきたくもないけど。
でももし、そのうんちに自分を知る手がかりがあるとしたら?
色とか形とか成分とかを調べて、いまの自分の健康状態や食べているものがわかる。
そんな視点で、相手を観察してみると面白いかもしれない」
「へー、面白いね!」
「それに、もしかすると、自分のなかのイヤな部分や認めたくないところが、相手の言動に映し出されて、それを見てイヤな気持ちになっているかもしれない。
鏡みたいに。
もしその課題をクリアしたいなら、向き合う機会をその人たちがくれているかもしれない」
「それ、やってみるね。ありがとう」

ヤーウェンが大きな目をさらに見開いて笑った。

うんちで例える私は小学生男子か。
私の心にクソガキがいるのは知ってる。と思いながら私も笑った。

ヤーウェンが次の質問をした。

「あなたの瞑想の企画、中国語だと書いても読めないから参加できないよね?」

その発想はなかった。
そうか。誤解させていたのね。

「何語でも大丈夫だよ。書いたものは誰にも見せないから。よかったら今度参加して」
「参加するよ。いつ?」
「あさっての夜」

ヤーウェンがメモを取り出した。

「何時から?」
「夜の9時半」
「わかった。行くね」
「ノートとペンと、あと水をもってきてね」
「わかった」



午後、同じテーブルで引き続きパソコンを開いたままぼけーっとしていると、突然

「肋骨、大丈夫ですか?」

と声が聞こえた。

顔を上げると制服姿の船のスタッフさんで、読者の方だった。
よかったらこれ、差し入れです。
新作みたいです、と、14階のデニッシュパンをテーブルにちょこんと置いた。

「ありがとうございます。読者の方から初めて差し入れもらいました」

そういえば昨日の運動会でも、ウノさんに突然言われた。

「なぁ。肋骨、折ってたんだって? 大変やったんやなぁ」

肋骨やらかしたのは1ヶ月くらい前だ。
私の記事の更新にタイムラグがあるから、このタイミングで読者が知るのか、そうだよな。

Mさんも5月23日の記事を読んだらしい。

「肋骨、もう大丈夫です」
「よかった。しんがきさんの瞑想の、あれ。行きたいんですけど・・・
でも、私が行っていいのかな、ってためらってしまって」
「なんでですか?」
「ジャマイカが抜港になって、ご不満をかかえているお客様もいらっしゃるなかで、スタッフの私が企画に自由に参加して、楽しんじゃっていいのかな、って思って・・・」
「抜港はMさんのせいじゃないです。
むしろ急な対応やクレームが増えて、ストレス強くないですか」
「はい、ちょっと、大変です」
「ならなおさら、参加してほしいです。
モヤモヤいろいろ書き出す時間です」

すこし強めに、勧めてみた。
すこし考えていた彼女が、ひとつ息を吸って言った。

「あさって、行きます」

勇気を自分へプレゼントする瞬間を見た。
それで、また「愛と恐れ」のことを思い浮かべた。

夕方、アイスランド2日目の原稿を2時間書き、ドラム練習へ行く。
シアタールームの幕の裏側へ入ると、ドラムセットが消えている。
こつぜんと。ない。

別のバンド仲間たちがどうしたもんかね、な感じで話している。

「どこか違う場所で使ってるのかなぁ」
「いま、PAさんが探しに行ってる」
「ビスタラウンジにはなかったらしい」
「えー、じゃあどこにあるんだろ」

「・・・バミューダ海域で消えたとか?」

私が言うと、「えっ今バミューダにいるの?!」と。

MAPS.MEアプリで、船がバミューダ海域に近づいている現在地を見せると「ほんとだ!やば!」とバンド仲間の女の子が楽しそうに跳ねた。



夜、私の部屋のルームキーパーのソフィアントと、彼の友人モクリースが廊下にいた。
私の部屋の前の廊下で、仕事しながら笑っている。

「サヨ、これ見て」

彼のスマホ画面には、同じインドネシア人どうしで即席バンドを組み、ドラムをおぼつかない手つきで叩くモクリースの動画が。

どってん・どってん・ばーん!
どってん・ばばーん!

間の抜けたシンバルの音が響く。
ソフィアントがツボにはまったらしく、ひーひー体を折り曲げて笑っている。

バミューダ海域じゃなくてクルー専用エリアにあったんかい、ドラムセット。

私のバッグに入っているドラムスティックを見て、サヨもドラムするの? とソフィアント。

「うん。6月30日の夕方4時から本番。だから練習してる」
「見に行くよ。ちょうど休憩時間だから」
「来れるの? 12階のプールデッキだよ」
「上司に言えば大丈夫だよ」

二人が笑って言った。
あまり笑わないポーカーフェイスのソフィアントが笑っていて、私も嬉しくなった。




今日はいろんな人と出会ったり、出会い直した気がする。
わんこそばみたいだ。おなかいっぱい。

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