【洋上日記】2023年6月4日 船旅59日目 何かを選び、何かを捨てる

気温5℃ 海水温6℃
横浜港から 16345マイル

7時起床。深く眠った。
昨日トロムソで買ったばかりのダウンジャケットを着てデッキに出る。
薄くて軽くてとてもあたたかくて、買ってよかった。
北極圏に間に合った。

外は寒いが、風はおだやか。波もおだやか。
右舷側の海に、ノルウェー最北部の陸地が見える。

今日の夕方には北極圏の海域へ、北緯70度以上、白夜のただなか。
6月3日に寄港予定だったホニングスヴォーグ(ノルウェー)からは、「ヨーロッパの最北端」のノール・
カップという岬に行くツアーが組まれていた。
私は申し込んではいないけれど、楽しみにしていた人は多かったようだ。
船の停電トラブルと復旧作業で2日かかったため、ホニングスヴォーグが抜港(ばっこう)対象、つまりスキップして旅程調整がなされた。

これで厦門(アモイ)、ニューヨークに続きまた一つ寄港地が減った。
特に気にならない。
「ここは絶対に行きたい」思い入れのある土地はない。

それよりも、予定外のことが起きたときに、船会社や旅行会社、NGO団体ピースボートの3つの組織がどんなふうに問題に対処し、実際どのような決断がなされているか興味深くて、考えさせられる。

私だったらどうするだろう。

何かを選び、何かを捨てる。トレードオフ。
船に乗るなら、陸地は歩けない。

午後に参加した、高橋和夫さんの講義「ジャズと国際政治、ソフトパワーと野球」がとても面白かった。
船内に充実するさまざまな講義やイベントの予定、これも同じだ。
面白そうなものが重なったとき、どちらかを選び、どちらかを捨てる。

講義では、かつてのアメリカがソ連の影響力に対抗するためにジャズを外交に使った話。
「ソフト・パワー」とは、音楽や芸術など文化面に訴えてその国の影響力を高めることを指す政治用語だそうだ。知らなかった。
ちなみに、ソフト・パワーの反対「ハード・パワー」は軍事力。
ソフト・パワーとは、アメリカの人種差別問題が国際的に非難を受けていた際、ジャズや野球を使って「なんだかんだあるけどアメリカって野球やジャズがすごいよね」となんとなく好印象に訴えていくやり方。

とあるアメリカの野球選手が出した56試合連続ヒット記録について語るとき、高橋さんがこう言った。

「一度やってみるのは大変です。でも、続けるのは、もっと大変なことです」

に、ぽとっと涙が出た。びっくりした。
耳にかけていた髪を下ろして顔を隠した。

夕方、船内放送が入った。
明日のロングイェールビーン入港は朝8時予定だったが、航路変更にともない入港が遅れ夕方6時になるとのこと。
「夕方に着いてもさ、最北の街の店は開いているのか?」と、バンドMTGのメンバーの一人が言った。
ノルウェーはじめ北欧は、お店の営業時間は長くはない。
家族との時間を大切にしているからだ。

(変更前)
6月5日 ロングイェールビーン(ノルウェー領)8:00~21:00

(変更後)
6月5日 ロングイェールビーン(ノルウェー領)18:00~【停泊】
6月6日 午後に出港予定、時間は調整中

これが現状でわかっていること。

置かれた状況下で何が最善かを、情報を集めて判断し、決定権者(船長やクルーズディレクター)が決めていくのだろう。
スタッフや担当者は必死のパッチでいろいろやりくりしているのだろう。

夜、書く瞑想ワークショップ6回目。
会場で準備をしていると真っ先にぺぺがやってきた。

「この後、GET(洋上語学学校)の先生たちが来るよ」

なんと、ぺぺが、語学学校の先生やCC(通訳兼コミュニケーションコーディネーター)にこのワークショップをオススメして、7~8人ほど先生たちがやってきた。
スペイン、台湾、韓国、中国、あと国籍聞いてないけどヨーロッパ系の先生など。
わーぉ。汗どっと。

夜9時半スタートの遅いイベントに、日本人含めて24人が参加してくれた。
私の日本語の説明に、日本の人たちがうなずき、英語の説明に英語スピーカーたちがうなずく。
約50分の瞑想時間に、ひたすらペンを走らせる音が響いた。

終わった後、初参加だったスペイン語の先生マリアが私に感想を伝えてくれた。
私が他の受講生と話し終わるのを、しばらく待っていた彼女。

「ものすごくよかった。受けてよかった。ありがとう。
質問なんだけど、私の手書きってあまりにもひどくて嫌いなの。
代わりにパソコンでタイピングしてもいいのかな?」

「できれば手書きがいいよ。
字が下手というストレスを感じるかもしれないけど、筆圧にその時の気分が反映されるし、字の大きさに心の状態が出るし。
何より、タイピングのスピードって、心が感じる速度よりちょっと速くてフィットしないから、手書きのスピードがちょうどいいです」

と頑張って説明すると、マリアは真剣に頷きながら聞いていた。

「わかった。やってみる」

ふと思いついて、「オススメの本があるよ」とノートの端っこに本のタイトルを書く。
邦題じゃなくて、原書のタイトルは確か・・・

『Writing Down the Bones』
Natalie Goldberg

マリアが「ありがとう!」と笑顔で言って、スマホで私の走り書きを撮影していた。
彼女が帰った後、著者名のスペルを間違えていたことに気づく。
手元のふせんに正しいスペルを書いて、ペンケースにしまった。
今度わたそう。

日本でもいろんな人に、オススメの本を紹介しまくってきたけど、外国の人に本をオススメする日が来るとは。

必要は自力の母だ。
オススメしたい「シェア欲求」も、自力の母だ。
書く瞑想も、本も、体験も、想いも、シェアしたいと思える自分がいる。

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